「逢魔が時だ……だから真依さんは僕のところに来てくれたのかな」

 逢魔が時ーー昼と夜が移り変わる夕刻を指す言葉で、魔物に遭遇したり、不思議なことが起こる時間だと聞いたことがある。

「私、川に落ちた時に、恋愛経験もしないで死ぬなんてー! って神様に文句を言ったんだよね。もしかして私が猫になったのって、潤くんに会うためだったのかな……」
「だとしたら、僕は神様に感謝し続けないと。真依さん、絶対に店長さんが好きだろうなって諦めかけてたから」
「えっ、なんで知ってるの⁈」
「見てたらわかるって」

 そう言って寂しそうに笑った潤の顔を、真依は両手で挟むと、自分の方に向かせた。好きな人が自分以外の人を好きな時の苦しさが、真依は手に取るようにわかったのだ。

「おかしいって思うかもしれないけど、猫の私の前で見せてくれた潤くんを好きになったの。だからこれからも、あんなふうに話してくれたら嬉しいな」

 自分の前では、本当の彼でいてほしいと思った。

「うん……ありがとう」

 その時ふと潤の手に握られたタオルに気付き、急に名残惜しくなった真依は、そのタオルを掴んで引っ張った。

「あっ、やっぱりこのタオルは返して」
「えっ、どうして?」
「それは……私たちの始まりのものだし……潤くんの香りがしてホッとするから……」

 入院している時、この優しい香りに包まれてホッとし、彼に会いたい気持ちに拍車がかかったことを思い出す。

「そんなタオルより、僕でよければ、い、いつでも真依さんのそばにいるから! だから……真依さんも、猫ちゃんみたいに僕にいっぱい甘えてね」
「……猫の時は抱きしめて頬擦りしてくれたもんね。またしてくれる?」

 猫の時は恥ずかしかったが、付き合うことが決まった今は逆にそれが恋しくなる。

 潤は照れたように目をギュッと閉じ、
「しょ、精進します……!」
と宣言した。

 その時、今がまだバイト中であることを思い出して飛び上がる。

「大変! バイトに戻らないと!」
「あっ、僕もこれからバイトだし、送っていくよ!」
「あはは、すぐそこだから大丈夫だよ。それに逆方向でしょ?」

 本当はもう少し一緒に話していたいけど、そういうわけにはいかない。恋をすると、一緒にしたいことだけじゃなくて、して欲しいことまで増えていく。なんて欲張りなんだろうーー今まで一人でいることが当たり前だった私が、初めて経験する恋はどんなものになるのだろう。

「今スマホ持ってなくて……もし良かったら、明日一緒にお昼食べない?」
「じゃあ食堂で待ち合わせはどうかな」
「うん、じゃあまた明日ね」

 少し名残惜しい気がしながら何度か振り返るものの、どこかくすぐったいような恥ずかしさも感じてしまう。あぁ、恋心ってこんなにも心が忙しいものなのだと初めて知った。

 猫田くんと、猫だった私。逢魔が時に始まったにゃんこたちの恋がどうなるのか、今からワクワクが止まらない。