「あなたが猫ちゃんなら、僕の気持ちはとっくに知ってるでしょう?」
「し、知ってるけど……でも、憧れと好きの違いがわからないし、それに……絵の具くんは接客してる私しか知らないのに、本当の私を知ったら幻滅しちゃうかなって思って……不安だったの!」

 感情に任せて声が大きくなってしまった真依を、絵の具くんはキョトンとした顔で見つめた。

「えっ、そんなこと?」
「そんなことって……」
「だって僕たち、同じ大学だよ。食堂でもよく一緒になるし」
「……えっ?」
「あれっ、気付いてなかった? 学部は違うけど、学年は同じだし」

 衝撃的な事実を知り、年下だと思って接していた自分の態度が急に恥ずかしくなる。

「えぇっ⁈ そんなこと知らない!」
「だから僕は大学でもずっと《《鈴内さん》》のことを見てたから、全く知らないわけじゃないよ」

 名前まで知られていたことに開いた口が塞がらなくなる。しかしそれなら彼は知らなかったわけじゃなく、知った上で真依に好意を寄せてくれていたことになる。それに気付いた真依の頬が真っ赤に染まった。

「それより、"絵の具くん"ってもしかして僕のこと?」

 いつもそう呼んでいたから、つい自然と口から出てしまっていた。秘密の呼び方がバレてしまったことに気まずさを感じながら、小さく息を吐いた。

「だって猫田くん、いつも体のどこかに絵の具をつけてお店に来るから……」
「だから"絵の具くん"? なるほど。それはそれで的を射てるね」
「でしょ? 絵画教室の話もしてくれたから納得しちゃった」
「それなんだけど……家族以外は絵画教室に行ってることは知らないんだ。だから……二人だけの秘密にしてくれる?」

 二人だけの秘密ーーまるで恋人同士のような甘い響きに、ドキドキが止まらなくなる。

「私だけが知ってる猫田くんが増えていくの、ちょっと嬉しい」
「……(じゅん)だよ」
「えっ」
「僕の名前、猫田潤っていうんだ」
「潤くん……なんか急に名前で呼ぶと照れちゃうね」

 二人は恥ずかしそうに見つめ合う。それから潤は真依の方に真っ直ぐ向き直ると、真剣な表情になった。急に緊張感に包まれた真依は、ゴクリと唾を飲み込む。

「鈴内真依さん、ずっとあなたに憧れていました……じゃなくて、その、す、好きなんです。もし良かったら、僕と友だちになってくれませんか?」

 友だちーーその言葉を聞いた真依は、眉間に皺を寄せて唇を尖らせた。

「それはおかしいな。だってもう友だちだもん」
「じゃ、じゃあ……ぼ、僕と……付き合ってくれますか?」
「うふふ。私で良ければ、是非付き合ってください!」

 二人の照れた顔に、夕焼けのオレンジが更に色をつけた。