「その猫ちゃん、いつから現れたか覚えてる?」

 唐突に始まった会話に、絵の具くんは少し戸惑った様子を見せつつも、すぐに口を開いた。

「えっと……確か……あなたを助けた翌日です」

 あぁ、ちゃんと覚えてくれているんだーー人間の真依のことも、猫の真依のことも同じように話す様子にささやかな喜びを感じる。

 彼なら信じてくれるはずーー真依はポケットからある物を取り出すと、彼にスッと差し出した。

「えっ……これって……」

 それは彼が猫だった真依を包んでくれたタオルで、今もあの時と同じ絵の具の香りがした。そのタオルを受け取った彼の顔が、驚きと困惑で歪むのがわかる。真依とあの猫に関係があるとは想像もしていないに違いない。

「猫田くん、良かったら下の名前を教えてもらえる?」
「ど、どうして僕の名前ーー」

 それから口をあんぐりと開けて、ハッとしたように目を見開くと、真依とタオルを交互に見た。

「まさかこのタオルって……⁈」

 病院で目覚めた時、診察のために体を起こした真依の体の下から見つかったのだ。

「私、猫ちゃん用のおやつより、人間用のケーキとかが食べたいな。あっ、お水は大賛成だけど」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……えっ⁈」

 真依の言葉が理解出来ずにあたふたする彼に、真依は答え合わせ用のヒントを少しずつ提示していく。

「あっ、そうだ。スケッチブックの絵は増えた? また続きを見せてほしいな。私の顔も、今度は目の前で描いてくれたら嬉しいんだけど」
「あのっ、ま、まさか……あなたが猫ちゃん……?」

 返事の代わりににっこりと微笑むと、絵の具くんは両手で顔を覆って下を向いた。

「……猫ちゃんが風邪をひいたりしてないから気になって、次の日の朝にここに来たんだ。でもタオルごと姿が見えなくて……すごく心配してた。どこかで生きててくれたらいいなって、そう思ってたんだ」

 その言葉を聞いて、真依が思っているよりもずっと繊細で優しい人なのだと感じ、ポカポカと温かくなる胸を、服の上からギュッと握りしめる。

「またここで猫田くんとお喋りしたいな……」
「……で、でも僕、もしあなたが本当に猫ちゃんだったとして、かなり本性を曝け出していた気がするんだけど……それで引いたりしてない?」

 きっと彼が隠してきた本音の部分を、言葉を話せない猫の前では隠す必要がなかったのだろう。

「私、本当の君に触れて、もっと絵の具くんのことが知りたいって思ったの。猫になっていなかったらこんな気持ち、知らなかった。だから……これからも一番近くで本当の君に触れていたいって思うの。ダメかな……?」

 猫になって彼の傍に寄り添っていたあの時間が懐かしく感じる。