いるだろうか。いたらなんて声をかけようーー川縁の遊歩道を歩きながら空を見上げると、白い雲が風に流されているのが目に入る。

 まるで私と絵の具くんみたい……。お願いだから、彼があの場所で待っていてくれますようにーーそう心の中で願っていると、ようやくあの橋の下が見えてきた。

 祈るように胸の前で両手を握り合わせ、一歩一歩、足の重さを感じながら近付いていく。すると川縁のコンクリートの階段に座るTシャツを着た後ろ姿を発見し、真依の胸が熱くなった。

 今更彼がどんな反応をするかとか、ぐちぐち考えていても仕方ない。それに彼が野良猫にも優しい人だっていうことは、身をもって知っている。その事実だけで、不安材料が消えていくようだった。

 意を決した真依は、
「あのっ!」
と声をかけるが、思っていた以上に大きな声が出てしまったことに驚き、慌てて口元を両手で押さえた。

 絵の具くんは体をビクッと震わせ、恐る恐る振り返る。そして声の主が真依だと気付いて口をあんぐりと開けて顔を真っ赤に染めた。

「えっ⁈ な、な、なんで⁈」

 彼があたふたしている姿を見た瞬間、緊張がほぐれて安心感が身体中に広がっていく。やっぱり絵の具くんは、私が思っている通りの人に違いないわーー不思議とそう思えた。

 真依は彼のそばまで歩いていくと、俯きがちに隣にしゃがみ込む。それから深呼吸をして、彼の方を向いて口を開いた。

「私を助けてくれたって友だちから聞きました。ありがとうございました」
「い、いえ……! あなたがご無事で何よりです。元気になったみたいで良かった」

 絵の具くんの笑顔に胸がキュンと締め付けられる。その時、彼の傍に水のペットボトルがあることに気付いた。

「あれっ……カフェラテは?」

 すると絵の具くんは頭を掻き、苦笑いをしながら下を向く。

「実はカフェで飲みきっちゃって……その、あなたがいたから、いつもより滞在時間が長くなってしまったんです……」
「私がいたから……?」
「本当はここで仲良くなった猫ちゃんに持ってきた水なんだけど、その子も最近見なくなってしまって……」
「……もしかして、猫ちゃん用のおやつも持っていたりする?」
「えっ、どうして知ってるんですか?」

 その言葉を聞いて、真依は涙が出そうになった。今の言葉でようやく、あの時間が現実のものであると自信と確信を持つことが出来た気がした。