接客をしながらも、彼が気になりチラッと見てしまう自分がいるのに、こんな時に限って客足が途絶えず、なかなか声をかけられない。

 店内の中央にある向かい合わせの席の一つに座り、スマホを見ながらカフェラテを飲む。店内にいる時の彼はあんなふうに過ごしていたのだと、今まで知らなかった彼の姿を知り、新鮮な気持ちになった。

 こうして見ていると今時の普通の男の子だけど、川縁にいる時の彼はどこか寂しげで、少し大人びて見えた。それもそのはず、だって彼が本音を口にするのはあの場所だけだから。そして真依が気になったのは、橋の下で二人きりで話した彼の方だった。

 ふと真依の視界の片隅で、絵の具くんがカバンを持って立ち上がるのが見えた。あっ、行っちゃうーーそう思い、徐々に心拍数が上がり始める。

 このまま見送ったとしても、きっとまた明日来てくれるはず。その時に声をかければいいーーでももし来なかったら? 明日も客足が途絶えなかったら? 彼の家まで行くの? 不安と焦燥感を覚え、息苦しくなっていく。

「真依、レジ代わるよ」

 背後から史絵の声が聞こえ、驚いた真依は勢いよく振り返る。

「えっ、でも……」

 その間に絵の具くんは店から出て行ってしまった。追いかけたい気持ちと、仕事中に公私混同はすべきではないという考えが入り混じり、頭が混乱し始める。

「大丈夫。水木さんにもちゃんと言ってあるから。『真依の命の恩人が来ていて、お礼が言いたいそうなんです』って」

 水木の方を見ると、まるで『行っておいで』とでも言うかのような笑顔で店の外を指さしている。

「ほらほら、早く追いかけないと行っちゃうよ!」
「う、うん! ありがとう!」

 史絵に背中を押され、真依は急いで店を飛び出したが、すでに彼の姿はなかった。きっと自転車に乗って行ってしまったのだろう。あのスピードに追いつく自信はなかったが、真依は彼がどこにいるのか見当がついていた。彼は絶対にあの場所にいるはずーーだってここの常連だって口にしていたもの。

 深く息を吸うと、大きく膨らんだポケットをギュッと握りしめ、あの川縁へと足早に歩き始めた。