「ただそんな気がしただけ」
「うーん……それってすごい直感だね。絵の具くんも同じことを言ってたから」
「どういうこと?」

 史絵は微笑むと、ベッドの横に置いてあった椅子に腰を下ろし、窓の外に目をやった。彼女の視線の先を目で追うと、遠目にだが真依が落ちた場所に掛かる橋が見え、絵の具くんが見ていた場所がこの病院であることがわかる。

「絵の具くん、真依が落ちた場所のすぐそばに住んでるんだって。あの夜、外から真依の声が聞こえて、なんだか嫌な予感がしたらしいよ。慌てて家から飛び出したら、真依が川に落ちるのが見えて、何も考えずに川に飛び込んだって言ってた」
「私の声がわかった……?」
「うん、そう言ってた。まぁ真依に会いにカフェに来ているような人だからね。そりゃわかるでしょ」

 絵の具くんとと過ごした時間が本物ならば、あのスケッチブックに描かれていた真依の姿と、彼が発した言葉でなんとなく察しがつく。しかし何も知らないはずの史絵が、どうしてそこまでわかるのか理解できなかった。

「えっ、な、なんでそう思うの⁈」
「だって真依がレジに入るまで、絵の具くん、店の外で待ってるんだよ。買ってからも、しばらくレジが見える席に留まってたし。知らないのは本人ばかりなり、って感じ?」
「し、知らなかった……」
「それに絵の具くん、助けたことは真依に言わないでくれって。変な印象を植え付けなくなかったみたい」
「変な印象って?」
「だーかーらー、真依にちゃんと告白したかったんでしょ? 助けてくれた人だからオッケーされたくなかったんだよ。ちゃんと自分自身と向き合って欲しかったんじゃないかな」

 確かに助けてくれた人なら断りにくい。同情なんかで始まりたくないと思うのは当然だろう。そんなふうに考える彼の芯の強さを、この数日間で垣間見たような気がした。そしてそんな彼を意識し始めている自分にも気付く。

「それにしても、水木さんのことは吹っ切れたの? 全然話題に出てこないけど」

 水木さんーー史絵に言われてようやく彼のことを思い出す。一年間片思いをしてきた人なのに、今は絵の具くんが気になって仕方なかった。

 カッコよくて優しく仕事が出来る水木さんをずっと見てきたはずなのに、なんだかその感情が薄っぺらく思えた。それはきっと水木さんのことを深く知らない自分に気付いたからかもしれない。

 でも彼だって、私の見た目とか接客している姿だけを見て『憧れてる』って言ってくれたわけだし、本当の私を知ったら幻滅したりしないかなーーそんな不安を抱えながらも、彼が恋しくてたまらなくなる。

「あぁ、うん、もう大丈夫」
「それなら良かった」

 真依は窓の外の、あの川縁に想いを馳せる。目を覚ました真依が、再び猫になることはないだろう。だとしたら、彼はまた一人であの場所で絵を描いているのだろうかーーそう考えると、今すぐにでもあの場所へ飛んで行きたくなった。