これは一体どういうこと……? なんで私がいるの?

「これはね、いつも行くカフェの店員さん。僕の下手な絵じゃ伝わらないかもしれないけど、すごく笑顔が可愛いくて、しかもいろいろ気遣いの出来る人でさ……。まぁはっきり言うと、僕の憧れの人。でも今は会える状況じゃないから、ここからこうして祈るしか出来ないんだけどね」

 そう言って、川の向こう側へと視線を移した。その動作には覚えがあった。昨日彼とここで初めて会った時も、絵の具くんは真っ直ぐに対岸を見つめていた。

 真依は突然息苦しくなり、心拍数が徐々に上がっていくのを感じる。そしてゆっくりと彼の視線の先へと目をやると、ハッとして息を呑んだ。真依の目には第一総合病院の建物が目に飛び込んできたのだ。

 もしかして私はあそこにいるの? もしそうだとしたら、どうして絵の具くんがそのことを知っているの? 聞きたくても聞けないことが、こんなにももどかしいとは思わなかった。

「あっ、そうだ。今日絵画教室でこれをもらったんだ。教えてくれている先生が猫好きで、家でもいっぱい飼ってるんだって」

 絵の具くんがカバンをガサゴソと探り始めたが、それどころではない真依は、眉間に皺を寄せてじっと病院を見つめた。

「はい、猫ちゃん」

 目の前に何かを差し出され、無意識のうちに口に入れてしまう。あら、甘くて美味しいーーそう思った瞬間、自分の口に入れられたものが猫用のおやつだと気付いて飛び上がった。

にゃーっ(なにするの)!」
「あれ? 口に合わなかった?」
にゃ(いや)……にゃんにゃーん(意外と美味しかったかも)

 あぁ、自分が猫だから、きっと猫用のものが美味しく感じるのね。やっぱり糖分って大事なのかしらーーついさっきまで気持ちはどん底に落ちていたが、少しだけ這い上がった気がする。今だって自分の意思で猫になっているわけではないし、この場所に来ているわけでもない。この先どうなるかは、神様しか知らないだろう。

 キョトンとした顔で真依を見つめる絵の具くんを見ていると、不思議と元気が湧いてきた。可愛いと思っていた人が、こんなも頼もしい存在だったなんてーー胸の中がじんわりと温かくなる。

「おぉ、完食してる……美味しかった? 猫ちゃんってば食いしん坊なんだ。また持ってくるからさ、楽しみにしてて」

 出来れば次は人間用のおやつをお願いしたいわ。

「じゃあそろそろ帰るよ。猫ちゃん、風邪ひかないようにね」
にゃーん(あなたもね)

 絵の具くんはスケッチブックをカバンにしまうと、真依をタオルに(くる)んだままその場に下ろし、頭を何度も撫でた。それから手を振り去っていく彼を見送りながら、今宵も眠りの世界へと引き込まれていった。