萩架ヶ谷南高等学校、二年生在籍。彼、知崎鷹千代の学園生活は充実している。
常に休憩時間は男女問わずして囲まれており、その一際目立つ容姿の良さと愛嬌のある茶目っ気な性格から人気を博していた。
……彼のことをよく思わない、一部を除いて。
「スーズメくんっ! 悪いけどさ、ノート貸してくんね?」
「え……」
にこやかに振舞う鷹千代に対して、教室にて話し掛けられた男子生徒は長ったらしい前髪からでも分かるほど困惑した表情を浮かべていた。
鷹千代のクラスメイト、楠間雲雀。
活発な性格とは程遠い内気で、地味な存在。異性は愚か、同性とも会話は日中ロクにすることなく教室の隅でひたすら読書に打ち込むだけの日常。そんな彼は俗に言う、鷹千代率いる陽キャ軍団にとって最近見つけた都合の良いオモチャである。
「うわ、タカってば最低。スズメクン、またいびってるー」
「は? 違うし。これは立派な交流ってやつだし。つか、範囲広くね? これ次の授業中に写し終わるか不安だわー」
「え、課題提出する気あるとかタカ偉っ!」
「次の数学、まともに受ける気ない発言もしてるけどねー。ま、常にぐーすか寝てるウチらよりはマシか」
「マシっつーか、ド偉すぎだろ、俺。少しは見習えよ。ってか、普通に敬えって感じ?」
「タカを敬うとか何の罰ゲームだよ」
「はは、確かに。ウケるー」
鷹千代と男女四人、計五名。
俯く雲雀を目先にして彼らのやり取りは続く。
くだらない、必要以上に関わらないでくれ……そう耳を澄ませば聞こえてきそうな内気な存在に鷹千代は不機嫌そうにもぐっと顔を近付けてドスの効いた声音で訊ねる。
「んで? スズメくん、ノート貸してくれるよね?」
「あっ……えっと。わ、わかり、ました…………」
肩をひとつ跳ね、雲雀は迷いながらも英単語がびっしり詰まったノートを渡す。微かに震えながらも。
「そそ、さすが楠間くん。話が早くて助かるー」
「やってること、脅しとそう何も変わらんけどな」
「うっせ。善意マックスで貸してくれてるし。んじゃ、俺は作業に入るから。適当に作業用の雑談でもしてろよ、問題児どもは」
「くそ、言ったなー! 全力で邪魔してやる!」
「わー、野郎どもかかれ、かかれー。全力で真面目ちゃん演出するタカ城を攻めるのだー」
「ちょ、やめろって。お前らが俺のこと好きなのはよーくわかったから」
へらへらと口減らずの鷹千代と、それを取り囲むカースト上位勢の笑い声は教室全体に響く。
いつもと変わらぬ日常。
狩る側と狩られる側。
物事に優劣のある狭い世界。
学生のくせして目視出来るほどの圧倒的な権力の差は、誰もが雀よりも鷹が強いという認識――だった。
同日の放課後、夕陽が射し込む教室に二つの影が静寂に包まれていた。
「……なあ、雲雀さんよ……そろそろ機嫌治してくれませんかねぇ?」
頬杖を付き、困惑した表情で分厚い読書をする鷹千代の恋人――楠間雲雀におどおどとした様子のまま問う。
「は、何が? ……僕はどこも、悪くないけど」
「いやいや、表立って不機嫌です。明らかに怒っていますって、思いっきし顔に書いてあるんだが⁉」
堪らず鷹千代は突っ込みをかます。
昼間とは違い鬱陶しい前髪をバレッタで留めており、表情は比較的わかりやすい。雲雀は吐き捨てるように溜息を大袈裟につく。
「……勘違いしないで。別に、怒ってるとかじゃない。ちょっと……苛立ってる、だけ」
「うーん? それって同じ意味じゃ……あ、やめとこ」
懸命な判断に雲雀は一瞬睨みかけたが、すぐに本へと視線を戻した。
「それで? どうして苛立ってるのでしょうかね、うちの王子様は」
「心当たりとか、何かないの?」
「おや、その言い方は……? はっ、俺が原因かーい。……ん、強いて言えばノートのことか。つか、今日はそれしか関わってないしな」
鷹千代の回答に対して正解、と言わんばかりに雲雀はこれまで読んでいた本を勢いよく閉じる。そして、無言を貫きつつも飄々と笑う彼氏の目先に立ちはだかった。
「おっ、と……?」
ぞくぞくと内側から秘める鼓動が鷹千代を無条件に襲う。同時に口角が無意識に上がっていくのを感じた、来る……と。
「タカくん――悪い子であるキミに、罰を与えるよ。僕の靴……綺麗に舐めてよ」
常に休憩時間は男女問わずして囲まれており、その一際目立つ容姿の良さと愛嬌のある茶目っ気な性格から人気を博していた。
……彼のことをよく思わない、一部を除いて。
「スーズメくんっ! 悪いけどさ、ノート貸してくんね?」
「え……」
にこやかに振舞う鷹千代に対して、教室にて話し掛けられた男子生徒は長ったらしい前髪からでも分かるほど困惑した表情を浮かべていた。
鷹千代のクラスメイト、楠間雲雀。
活発な性格とは程遠い内気で、地味な存在。異性は愚か、同性とも会話は日中ロクにすることなく教室の隅でひたすら読書に打ち込むだけの日常。そんな彼は俗に言う、鷹千代率いる陽キャ軍団にとって最近見つけた都合の良いオモチャである。
「うわ、タカってば最低。スズメクン、またいびってるー」
「は? 違うし。これは立派な交流ってやつだし。つか、範囲広くね? これ次の授業中に写し終わるか不安だわー」
「え、課題提出する気あるとかタカ偉っ!」
「次の数学、まともに受ける気ない発言もしてるけどねー。ま、常にぐーすか寝てるウチらよりはマシか」
「マシっつーか、ド偉すぎだろ、俺。少しは見習えよ。ってか、普通に敬えって感じ?」
「タカを敬うとか何の罰ゲームだよ」
「はは、確かに。ウケるー」
鷹千代と男女四人、計五名。
俯く雲雀を目先にして彼らのやり取りは続く。
くだらない、必要以上に関わらないでくれ……そう耳を澄ませば聞こえてきそうな内気な存在に鷹千代は不機嫌そうにもぐっと顔を近付けてドスの効いた声音で訊ねる。
「んで? スズメくん、ノート貸してくれるよね?」
「あっ……えっと。わ、わかり、ました…………」
肩をひとつ跳ね、雲雀は迷いながらも英単語がびっしり詰まったノートを渡す。微かに震えながらも。
「そそ、さすが楠間くん。話が早くて助かるー」
「やってること、脅しとそう何も変わらんけどな」
「うっせ。善意マックスで貸してくれてるし。んじゃ、俺は作業に入るから。適当に作業用の雑談でもしてろよ、問題児どもは」
「くそ、言ったなー! 全力で邪魔してやる!」
「わー、野郎どもかかれ、かかれー。全力で真面目ちゃん演出するタカ城を攻めるのだー」
「ちょ、やめろって。お前らが俺のこと好きなのはよーくわかったから」
へらへらと口減らずの鷹千代と、それを取り囲むカースト上位勢の笑い声は教室全体に響く。
いつもと変わらぬ日常。
狩る側と狩られる側。
物事に優劣のある狭い世界。
学生のくせして目視出来るほどの圧倒的な権力の差は、誰もが雀よりも鷹が強いという認識――だった。
同日の放課後、夕陽が射し込む教室に二つの影が静寂に包まれていた。
「……なあ、雲雀さんよ……そろそろ機嫌治してくれませんかねぇ?」
頬杖を付き、困惑した表情で分厚い読書をする鷹千代の恋人――楠間雲雀におどおどとした様子のまま問う。
「は、何が? ……僕はどこも、悪くないけど」
「いやいや、表立って不機嫌です。明らかに怒っていますって、思いっきし顔に書いてあるんだが⁉」
堪らず鷹千代は突っ込みをかます。
昼間とは違い鬱陶しい前髪をバレッタで留めており、表情は比較的わかりやすい。雲雀は吐き捨てるように溜息を大袈裟につく。
「……勘違いしないで。別に、怒ってるとかじゃない。ちょっと……苛立ってる、だけ」
「うーん? それって同じ意味じゃ……あ、やめとこ」
懸命な判断に雲雀は一瞬睨みかけたが、すぐに本へと視線を戻した。
「それで? どうして苛立ってるのでしょうかね、うちの王子様は」
「心当たりとか、何かないの?」
「おや、その言い方は……? はっ、俺が原因かーい。……ん、強いて言えばノートのことか。つか、今日はそれしか関わってないしな」
鷹千代の回答に対して正解、と言わんばかりに雲雀はこれまで読んでいた本を勢いよく閉じる。そして、無言を貫きつつも飄々と笑う彼氏の目先に立ちはだかった。
「おっ、と……?」
ぞくぞくと内側から秘める鼓動が鷹千代を無条件に襲う。同時に口角が無意識に上がっていくのを感じた、来る……と。
「タカくん――悪い子であるキミに、罰を与えるよ。僕の靴……綺麗に舐めてよ」