「敬ちゃん、一緒に夕飯食ってくかなぁ?」
「ちょっと、敬一さんにヘンナモノ食べさせないでよね!」
「なんにも変なモンなんて食べささないよ〜? タケシが肉くれたから、今夜はステーキv」
「ステーキソースにハチミツとかメープルシロップとかコンデンスミルクとか、入れないでよね!」
「ええ〜? パパが特製ソース作ってあげようと思ってたのに! まぁ、いいや。桃ちゃんがそういうなら市販の和風ソースもあるよん」
「そんならイイけど」

 そう言った時に部屋の扉が開いて、敬一さんが戻ってきた。

「あ、東雲さん。お帰りだったんですか?」
「うん、今帰ったトコ。敬ちゃん、一緒に晩飯食ってくよね?」
「え? 申し訳ないですよ」
「構わないよ。それにアレだろ? どうせ家帰ったって中師サンが居るワケでもないんでしょ?」
「そりゃあ、お義父さんは忙しい人ですから、そうそう滅多に家で夕飯なんて食べませんけども」
「じゃあ、いいじゃん。途中で買い物したりどっかで食ったりするのもイカサないだろ? じゃ、用意出来たら呼ぶからさ」

 半ば強引に引き止め、親父はスタスタ階下に降りていってしまった。

「困ったなぁ」
「なにが? 別に構わないよ、親父がああ言ってるんだもん」
「東雲さんの厚意は嬉しいけど、俺はちゃんと時給も貰ってるし……」
「でも、親父と中師のオジサンは仕事以外にも結構付き合いあるみたいだし。それだから、中師のオジサンも敬一さんを家庭教師に紹介してくれたんでしょ?」
「そりゃ、そうなんだが……」

 あんまり間を置かずに、下から親父が呼びかけてくる。
 僕と敬一さんは一緒に階下に降りた。

「敬ちゃん、久しぶりに見てみてどうだった? 俺は桃ちゃんの勉強の事は良く解んねェけど、ちゃんとやってる風?」
「ええ、桃太郎くんはとっても良くやってますよ。数学は得意だけど、英語がちょっと弱いから、そこら辺に重点を置いて進めていこうと思ってます」
「ええ〜? 桃ちゃん英語苦手?」

 そう言われると、さすがに言い返せない。
 なぜなら、親父は欧米人と仕事をする機会が結構あって、それこそ洋画なんかは字幕も吹き替えも無しに視聴出来るし、家には時々ガイジンのプロデューサーだのプロモビデオの監督とかスタッフなんてのも出入りしているからだ。

「変だナ〜? こんなに年中英語聴かせてるのに〜」
「ただの英会話と授業の英語は違いますから」
「ん〜、そっか〜。まぁ、俺も学生だった頃は英語なんてチンプンカンプンだったからナー!」
「それ、威張れないでしょ………」

 全く、このバカ親父のザッパには呆れてしまう。
 でもその反面、変に気にしいのところがあって、ファンから来た手紙に凹んで一ヶ月近くほとんど口も利かない事もあったりするから、全く迷惑極まりないのだ。

「敬ちゃんは、今年卒業だっけ?」
「ええ、そうです」
「なんだかんだいって、大学卒でも就職難だって言うじゃん? やっぱ、中師サンとこに入社するの?」
「お義父さんはそう言ってくれてますけど、そこまでお義父さんのお世話になるのもどうかと思うので……」
「ええ〜? そう〜? 俺だったら中師サンのトコに就職するな! 企業としては一流だし、末は中師サンの後釜に座るの」
「簡単に仰いますね」
「だって、中師サンはそのつもりだぜ〜? 超! ご自慢の息子だからなっ! 大体あのヒト、桃ちゃんの家庭教師紹介してって言った時、俺に見せびらかす為に敬ちゃん寄越したんだし」
「あ、そうだ。あの、昨日いきなり義父にこちらに来るように言われたんで、申し訳ないんですけど、明日の午後はちょっと………」
「ん〜? いいよ。俺、明日の午後は空いてるし」
「そんな一日中、僕を見張って無くてイイよ!」
「だってパパ、桃ちゃんのコトがスゲー心配なんだもん。ちゅーか、そんなら明日の午後は、桃ちゃんの欲しがってた天体望遠鏡買いに行こうか? お誕生日のプレゼントに欲しいって言ってたヤツ。前のはパパが選んだ所為で倍率とか性能とか良くないから、自分で見て買いたいって言ってたじゃん?」
「う……うん。……じゃあ、そうする」

 この親父と来たら、絶妙のタイミングでこういうエサをばらまいてくる。

「スミマセン。この後は、夏の間出来るだけスケジュール空けるようにしますから」
「ええ〜? そんなに危ないの、桃ちゃん?」
「いえ、桃太郎くんの学力には、別に不安とかはないですよ」
「なら平気でしょ?」
「でも僕自身はそんなに自信満々ってワケじゃないし、やっぱり敬一さんに見てもらった方が安心はするなぁ」
「そんな事はないよ、桃くんの成績ならほとんど大丈夫だろう」

 そう言って敬一さんは僕の肩を叩いてくれたけど。
 でも本当を言うと、勉強がどうこうって事より、僕は敬一さんと会って話がしたいんだ。
 なにしろ敬一さんは、ウチに出入りしている人間の中で一番安心して話が出来る、貴重な常識人なんだから!