目覚ましのアラーム音に時計を見る。
 時刻は、午前6時30分。
 起きて洗面所に行くと、鏡に映った顔は予想通り酷いモノだった。
 やっぱり少し早めに起きて正解だった。
 サッサと食事を済ませて、敬一さんが家を出る前に電話をしようと思っていたのだ。
 少なくとも今日は、敬一さんと顔を合わせたくない。
 そう思ったのに。
 キッチンに向かうと、そこにはまたしても珍客が到来していた。

「やあ、おはよう、モモタ君」

 上背だけは無駄にデカイ男は、フライパンを片手に僕に振り返る。

「…おはようございます、多聞サン」

 ちょっとだけ、昨夜は親父を見直そうかと思っていたけれど。
 傷心の息子の朝から、コレか?

「そこ、座って。今オムレツ出来たから、モモタ君も食べるでしょ? シノさんは、また寝ちゃったから」
「…また?」
「うん。なんか知らないけど、昨日の夜中に電話掛かってきてさぁ。今朝は午前6時に起こしに来いって言って、電話切れちゃったんだよね。仕方ないから起こしに来たら、起こした途端に今度は中師サンに電話掛けて、なんか今日は家庭教師は中止にしてくれとか言って電話切ったら、また寝ちゃったんだよ」
「はぁ?」

 僕の顔を察して敬一さんに連絡してくれたらしい……のは親切だけど。
 なんでその為に、わざわざ他人に面倒を掛けるんだろう?

「多聞サン、その為だけにいらっしゃったんですか?」
「まぁ、今ちょうどオフだったから、構わないけどね。…それにシノさん、今日は家にいるみたいじゃない?」
「昨日のカミナリで、機材壊れたとか言ってましたから」

 皿に盛られたオムレツと添え物のサラダは、至ってまともな味がした。

「あ、そうそう。俺さぁ、今日は忘れずにコレ持ってきたんだ」

 不意にタモン蓮太郎がそこに放り出してあったカバンを探り、なにやら一葉の封筒を取り出す。

「前からモモタ君に渡そうと思ってて、ずっと忘れてたんだよね」
「なんですか?」

 封筒を開けると、中から写真が数枚出てくる。
 それは、どこかのスタジオの中で撮影されたと思わしき、スナップだった。

「モモカちゃんがモモタ君を産む前に一緒に仕事した時にね、珍しくシノさんがモモカちゃんを連れて来たんだよ。アレは…河口湖かなんかの側にあるスタジオだったかなぁ? シノさんが言うには、自分がどんなに釣りが上手いって話してもモモカちゃんが信じてくれないとか言って、実際に俺のテクニックを見せるんだ! とか言ってさぁ。でも、結局シノさん、釣りより写真撮る方が忙しくて、結局ボウズだったんだよなぁ」
「あの……、うちの親父、母さんの写真撮ってたんですか?」
「シノさん、カメラマニアだもん。ホントはモモカちゃんの写真撮りたかったんだと思うよ?」
「撮りたかった………?」
「モモカちゃんさぁ、写真嫌いだったんだよ。「写真を撮られたら魂が減る! シュウちゃんアタシをコロス気ね!」とか言って、カメラ向けると逃げ回って。今になると笑えない感じしちゃうよね〜」
「そうなんですか………」

 タモン蓮太郎は僕に食事をさせた後もそこにいて、親父が起きてきたらちょっと地下のスタジオを使わせて貰いたいとか言っていた。
 食事を済ませて部屋に戻った僕は、ものすごく複雑な気分でドリルのページを開いた。
 てっきり勝手な親父が勝手な都合で母さんの写真は撮ってないんだと思っていた。
 非常識な親父がメチャクチャな思い込みで、敬一さんと橘イオリを「デキてる」なんて言ってるんだと決めつけていた。
 でも結局は、親父の言っている事の方が正しかったのだ。
 そりゃ、親父が何もかも正しいなんて思わない。
 実際、親父のやってる事は全部メチャクチャな事には変わりないし、常識外れだ。
 でも、親父のメチャクチャさはメチャクチャなだけで支離滅裂なワケじゃない。
 なんだか、色んな意味で僕は気が抜けて。

「桃ちゃ〜ん」

 不意に部屋をノックされて、僕はビックリした。

「パパね〜、地下のスタジオにいるから。用事あったら呼んで〜」

 扉の前から去っていく足音に、僕は慌てて椅子から立ち上がると扉を開ける。

「お………お昼どうするの、父さん!」

 振り返り、ものすごく恨めしそうな顔をした父さんは、人差し指を立てると僕に向かってそれを左右に振ってみせる。

「パパ、でしょ〜?」
「いつまでも、そんな子供っぽい呼び方させないでよ。僕もう18になるんだよ?」

 ちょっと強気で答えると、父さんはガックリと肩を落として大きな溜息を吐く。

「ちょ〜イヤ。なんか今、自分がモノスゴク老け込んだよーな気がした」
「なに言ってンだよ、40にもなったクセに!」
「ああ、桃ちゃんも大きくなったなぁ。俺も老け込むワケだよ」

 ブツブツ言いながら、父さんは階段に向かう。

「ちょっと、お昼どうするんだよ!」
「なんか〜、スゴクへこみ気分だから、桃ちゃん好きにして良いよ」

 ヘコヘコと父さんが階段を降りていくと、下で待っていたらしいタモン蓮太郎が何か話しかけているのが聞こえた。
 父さんが「老け込んだ」話をしたら、なにをウケたのかタモン蓮太郎がゲラゲラ笑っているのが聞こえる。
 僕は、今度父さんのCDを聞いてみようかな…と思った。



*パパはアイドル:おわり*