「おはよう、桃太郎くん」

 敬一さんはいつも通りの顔で、朝やってきたけど。

「敬一さん、昨日渋谷のハンズに行ってたの?」
「ええっ? よく知ってるなぁ」
「だって、昨日は僕、親父と一緒にハンズに行ったんだけど。親父が敬一さんに似た人を見たって言ってたから」
「うん、行ったよ」
「誰と一緒だったの?」
「後輩の橘だよ。シューズを見て欲しいって頼まれていたから、スポーツ用品売り場を見たんだ。でも、なぜだい?」
「親父が、敬一さんは恋人と一緒にいたとか言うから……」
「あははははっ、橘はそんなんじゃないよ。ほら、前に来た時にたまに俺を送迎してくれたヤツ、桃太郎くんも見ただろう? アイツだよ」

 改めて敬一さんにそう言われて、僕はちょっとだけ安心した。
 全く、バカ親父の所為で変な心配しちゃったけど。
 敬一さんがそんな非常識な事、するわけ無いじゃないか。
 馬鹿馬鹿しい!
「でも、なんで送迎してくれてたの?」
「ちょっとしたついでだよ。アイツももう学校も違うんだし、そんな高校時代の先輩だからって俺に気を使う必要も無いだろうになぁ。イイヤツなんだ」
「ふうん、そう」
「桃太郎くんは、そういえばあまり友達の話題とかは出ないなぁ?」
「だって、なんかって言うと親父がボディガードだ私立探偵だって言って変なのが周りをウロウロしてるし、早く帰らないとやったら電話掛けてきたりするから。そんな忙しないのの調子合わせて付き合うのなんて、大変じゃんか。それに文化系の部活は運動系のそれと違って、縦横の関係が稀薄だし…」
「う〜ん、それは確かに難しいな」
「全部、親父の過保護が悪いんだよ」
「そうとも言い切れないと、俺は思うけどなぁ。だって、東雲さんは確かに少し神経質すぎるかもしれないけれど、実際に桃太郎くんが拉致されそうになった事があるんだろう? 俺はポピュラー音楽をさほど聴かないけれど、お義父さんに引き取られる以前から、東雲さんの名前ぐらいは知っていたぞ。確かに桃太郎くんの立場は、全部しわ寄せというか一方的に迷惑を掛けられていると言えるかもしれないが、東雲さんがやっている事は桃太郎くんの為を思っている事だし…」

 同じコトを別の人間に言われたら腹が立つけど、これが敬一さんだとなんとも言い返せなくなる。
 それは多分、敬一さんが常に物事を公平に見てくれる事を僕が知っているからだ。

「あ〜あ、いいなぁ橘サンは! 僕もちょっとした買い物に出る時、敬一さんみたいな先輩がいたら楽しいのに!」
「そういう事なら、俺が付き合ってやってもいいよ?」
「え、ホントに?」
「まぁ、桃太郎くんにはバスケットシューズは不要かもしれないし、俺のセンスはさほど良くもないから、あんまり役には立たないかもしれないけどな」
「そんなコト無いよ! じゃあ僕が合格したら、入り用の物を買いに行くの付き合ってくれる?」
「構わないよ」
「じゃあ僕、俄然張り切っちゃうな」

 全く面倒なだけでちっとも面白くもない英語も、そんなご褒美が用意されているなら一所懸命取り組もうって気にもなる。
 僕がやる気を出して勉強が進むと、敬一さんは手放しで褒めてくれるからそれもすごく気持ちいい。
 親父の身勝手発言を肯定するワケじゃないけど、でもこうしていると本当に敬一さんが家族になってくれたらどんなにいいだろうって思ってしまった。