ゴールデンウィーク明け、僕は約1週間ぶりの学校を拒否する体を無理矢理起き上がらせる。
ゴールデンウィーク中は夜通しゲームをしていたのでまるで海外から帰ってきて時差ボケをしているような感覚だ。
母親の大声で完全に布団から起き上がり、欠伸をしながら制服に着替えていると1つの通知と写真が届いた。
月夜『おはよー
ちゃんと起きれてる?君GW中毎日夜更かししてそうだからなー
体育委員から体育祭のリレーの走順これでいいって言われたんだけどどう?』
図星を突かれたのが少し悔しかったので、僕はあえてそちらには触れずにリレーのことだけ返信する。
『リレーの走順、それで大丈夫って伝えておいて』
『夜更かししたことに触れないってことは絶対したね?
んじゃリレーの走順はこれでOKって言っておくね
また学校で会お』
文章のあとに「いってきます」と書かれている可愛らしい猫のスタンプが送られてきた。
それに返すように「いってらっしゃい」と書いてあるスタンプを送りスマホを閉じる。
夜通しゲームをしていて日光に当たっていなかった不健康体を一週間ぶりに太陽に照らしてもらうのも悪くはないなと、傍から見たら少し恥ずかしいことを考えながらオレンジジュースを飲み干す。
行ってきますの一言と同時にドアを開け、見えた空はとても鮮やかだった。
相変わらず登校時間ギリギリに教室に入ると、いつもならもう席についているはずの月夜の姿がなかった。荷物はあるので二組にでも行っているのだろう。
「すぐ会えると思ったんだけど…」
気がついたらそう呟いていた。僕は慌てて口を抑える。幸い男子達が騒いでいたおかげで誰にもバレていないようだった。僕はなぜかすぐに会えると思っていたことと、無意識に呟いたことの恥ずかしさのあまり思い切り机に顔を突っ伏した。
「うわっ音やば。どしたの」
「わっ帰ってきてたのかよ。びっくりした」
「びっくりしたのこっちね。めちゃくちゃおでこ赤いけど大丈夫?」
いつの間にか戻ってきていた月夜が少し引き気味で心配してくれた。「何変なこと呟いてるのー」と言ってこないでただ心配してくれているあたりその後に帰ってきたのだろう。そう信じたい。
「大丈夫。雑念を消してただけ。ていうか、首にぶら下がってるの何?」
雑念を取り払いようやく落ち着いて話せるようになった後、月夜を見ると何やら見たことのない器具のようなものを首からぶら下げていた。
「え?あ!またストラップ外してくるの忘れた。音楽室鍵閉めちゃったし、放課後また行くからいっか」
「ストラップ?」
「あ、吹部じゃないから当たり前に知らないよね。ここの輪っかになってる部分をクラリネットに付けると親指の負担軽減されるんだよね」
月夜はクラリネットを吹く素振りをして見せてくれた。その部活で使う物を今首にかけているということは…
「え、もしかして朝練?」
「そうだけど」
月夜は当たり前のように頷いた。この学校の吹奏楽部は人数が少なく、賞を狙うというよりかは楽しく思い出をつくる方の部活のイメージがあった。まさかここまで熱心に取り組んでるとはこの学年の誰も思わないだろう。
僕が目を丸くして驚いていると、月夜が経緯を話してくれた。
「今年また吹部の顧問変わったじゃん?私達の意見もちゃんと取り入れてくれたり、講師の先生呼んでくれたりしてすごくいい先生なの。3年生にして始めてちゃんとコンクールで金賞取りたいって思ったんだよね」
月夜曰く、生徒たちが楽しむ部活というよりかは、顧問の理想を実現するために生徒が使われているというような形だったらしい。
その顧問は去年、平日はおろか休日も休みなしで部活を行っていたので最終的には変えざるおえなくなったということは学校中で噂にはなっていた。
「自主参加って形だけど朝練の許可も貰ったし、ソロ任されちゃったし、尚更頑張らないといけないんだー」
「月夜なら大丈夫だよ。応援してる」
「こういう時は素直なんだね。ありがとう、頑張る!」
僕の気のせいか、余計なことを言われた気がしたがやる気に満ちた月夜の目を見るとそんなことどうでもよくなった。ただ純粋に、好きなことに一生懸命打ち込む姿とても眩しく見える。
雲ひとつない真っ青な空と、窓際に寄りかかる彼女の笑顔につい見惚れてしまった。
「…ていうか、1時限目音楽だよね。ストラップ返せるんじゃない?」
「あほんとだ。じゃあ鍵閉まってないだろうし、もう移動しよ。特別に楽器倉庫見せてあげる」
月夜はそう言って得意げに笑って見せた。