「見つかりました。団地の外には出ていなかったので」
「そうでしたか。良かった」
 警官への対応をしている間、美久ちゃんと美久ちゃんのお母さんはずっと抱き合ったままだった。たまにしか来ないおばあちゃんの住む団地で迷子になったら、お母さんも美久ちゃんも不安で堪らなかっただろう。
 ──松木さんはどうしているだろうか。
 須崎さん、前島さんも同じことを思っていたようで、ひとしきり喜んだあとは口を噤んでいる。

「一旦、サ店に戻りませんか? 前島さんの卵も置きっぱだし」
 俺は提案した。今回の原因となったらしい松木さんのもとへ戻るより、美久ちゃんのお母さんもその方が落ち着くんじゃないかと思ったのだ。
「そうですね。美久ちゃんにはジュース、大人の皆さんはコーヒーで一息つきましょう」
「嬉しいわ、そうしましょ。ね。それがいいわ」
 と、前島さんも両手を叩いた。

美久ちゃんが見つかってひと安心ではあったけど、松木さんの物忘れが進行していることに美久ちゃんのお母さんはじめ、その場にいた全員が心を痛めていた。
「美久まで見つけていただいて、母のことまで心配してもらってすみません。他にもご迷惑を掛けているんじゃないでしょうか……」
「そんなことはいいのよ、ここじゃお互い様なんだから」
「ということはやっぱりご迷惑を……。私、前に電話で言ったんです。物忘れが酷くなるようならお金は出すからそういったサービスを探そうって。ホームに入ることも前提に。でも母はこの団地に住みたいってきかなくて。それでまた口論になって。そんなこんなで三年過ぎようとしていて、美久がおばあちゃん家に行きたいと言うので、久しぶりに来てみたら、物忘れが進んでいて……美久と一緒に公園に行ったことを忘れて一人で帰って来てしまうなんて……。認知症ですよね、これ」

 重く疲れたような表情で、美久ちゃんのお母さんはコーヒーを一口飲んだ。これがモカだとか、香りが良いだとか美味しさとかはあまり感じないようだった。口を潤し、気持ちを落ち着かせるためだけの飲み物。