「ちょっとお腹空かせるくらい良いでしょ。さ、私たちも行きましょ。どこまで探したの?」
「四つある団地内の公園のうち二つにはいませんでした。今残りの二つを探しています」
「団地は小さい子が隠れられそうな場所たくさんあるからねぇ……。まずはしらみつぶしにエレベーターホールを見ていきましょ」
「はい」
「再生くんはあっちの棟ね、私はこっちの棟から見ていくわ」
「分かりました」
 さすが長年団地に住んでいる古参の前島さんだ。団地の構造は俺よりも詳しい。前島さんの指示通りに、俺はサ店から一番遠いところにある棟へ走り出した。

 ──いない。エレベーターホールにも非常階段にもいなかった。四歳だというからそんなに高いところまでは上れないと思うしエレベーターにも乗れないとは思うけど、なにせ人の目が少ない柘植の木団地だ。小さい子が一人で歩いていても気づかれないかもしれない。

 一旦サ店の前へ戻ってみる。美久ちゃんのお母さん、須崎さん、前島さんも戻って来ていた。表情はいっそう暗い。美久ちゃんはまだ見つかっていないんだ。
「あ、大川君。どうでしたか」
「いませんでした。警察は?」
「もう少しで来てくれるみたいです」
「どこ行っちゃったのかしら美久ちゃん……」

 その時、ふと須崎さんが顔を上げて何かを思い出したような表情を見せた。
「美久ちゃんのお母さん。前にこの団地へ美久ちゃんを連れて来たのはいつ頃でしたか?」
 一瞬聞かれた内容に戸惑ったような顔をしたあと、美久ちゃんのお母さんは考え込む。
「えっと……歩けるようになってちょっとしてからだから……一歳ちょっと過ぎ……三年前くらいでしょうか」
「三年前ですか──。大川君、覚えていますか。福留さん事件簿のこと」
「もちろん覚えてますよ。俺が再生課に配属されてすぐのことでしたから」

 「福留さん事件簿」というのは、団地の住民の一人、福留朝次さんがどうしても市の福祉サービスを受けたくないと拒否していた案件で、須崎さんは、福留さんの好きなバラココーヒーをきっかけに、亡くなった友人を忘れて自分だけ楽な思いをしたくないという、頑な思いを秘めていた福留さんの心を解きほぐしたのだ。
 決して言葉数で説得したわけじゃない。だけど須崎さんは、自分の過去と照らし合わせながら、この団地に住む住民の心に寄り添ってくれる。それを俺は目の当たりにした。
 それからだった。普段は口下手であがり性な須崎さんの、繊細で鋭い観察眼に一目置くようになったのは。

「福留さんが何か関係してるんですか?」