面談の時の須崎さんは、正直印象に残っていない。書類の文面にあることをそのまま口にしていただけだったし、ほとんど顔を上げてくれなかったので、どんな顔かもよく分からなかった。森本さん曰く「シェフ時代から、言葉で説明するより料理で判断してもらうタイプだったようです」だそうだ。
 だが、今回の喫茶店のコンセプトは憩いの場だったはず。その憩いの場のマスターはコミュニケーションの鬼じゃなきゃやっていけないだろう。須崎さんがどんな風に店を切り盛りしているのかちょっと見てやろうという思いもあった。俺はあえて休日の混み合いそうな時間帯に喫茶「柘植の木団地」へと足を運んだ。

 カランカランカラン、ドアを開けると来店を知らせるベルが鳴る。だがスタッフらしき人は一向にやって来ない。俺はその場で店内を眺め渡した。

「マスター、ブレンド二つ追加ね。恒子さん、これ窓際のテーブルに運んであげて」
「俺そろそろ病院だから行くわ。マスターご馳走さん。お代はレジに置いておくからちゃんとしまっておくんだよ」
「サ店で待ち合わせだって言ったのに。松木さん、来ないわね。忘れちゃったのかしら」
「この間もお弁当屋さんに買ったお弁当忘れてっちゃったんだって松木さん」
「私も他人事じゃないわ」
「あれ、そう言えば卵サンドって頼んだかしら」
「やあね、もう。頼んだわよ、コーヒーと一緒に」
「松木さん来る前に、私帰らなきゃ。旦那がさぁ、定年退職したら急に料理するとか言い出して。カレーをスパイスから作り出して困ってるのよ。家の中カレー臭」
「前島さん上手いこと言うわね」
「上手くないわよ、私普通のカレールウのカレーが好きなのに。しかも何時間も台所占領するわ、コンロ汚すわ、洗い物はしないわで、やんなっちゃう」
「分かるわぁ。旦那元気で留守が良い」
「はぁ……サ店に来ている時間だけが癒しなのよ今」

 店内は団地の住民で賑わっているようで良かった。だが肝心の須崎さんの姿が見えない。マスター、と声が掛かっているので、仕事放棄ではなさそうだが。
「あら、見ない顔ね。サ店に来るのは初めてかしら?」
 グループで喋っていたうちのひとりの女性が俺に近づいてきた。お水とおしぼりはセルフよ、カウンターにあるわ。メニューは黒板に書いてあるこれだけ。今日の日替わりコーヒーはブラジルのやつよ、えっとなんて言ったかしら。

「サントスです」