「……ちゃん、どこー?」
「……ちゃーん!」
 ──何があったんだろう。須崎さんもサイフォンから顔を上げて、怪訝な顔をした。

声は、女性のようだった。顔は見えないけど切羽詰まった様子が感じ取れる。
「俺、ちょっと見てきますよ」
「そうですね」
 サ店を出て、声のした方に早足で向かってみる。団地内には、そう多くはないが、子どもたちが遊んだり住民が憩ったりする公園がいくつかあった。

団地に住む家族が減れば当然子どもの数も減っていく。子どもが減れば学校や公園も少なくなるのは当然だ。
 いくつかの公園は駐車場や遊具のない広場に変わり、使い道のないまま放置されているスペースもある。治安的にも良いことではない。

「みくちゃん! どこにいるの!」
 声ははっきりと聞こえてきた。みくちゃん……女の子か。どうも親元から離れて、この団地のどこかでいなくなってしまったようだ。
 声のする方へ急げば、女性が焦ったような顔でみくちゃんという子の名前を呼びながらあちこちを探していた。
「あの、津下市役所の者です。何かありましたか?」
 俺は首から下げたまま胸ポケットにしまっていた職員証を取り出して見せた。女性は少しほっとした様子で小さく頭を下げたので、俺も「大川と申します」と言って頭を下げた。

「娘が……美久というんですが、母……美久の祖母と散歩をしていたらはぐれてしまったらしくて……。私もついて行っていれば良かったんですけど……」
 女性は泣きそうな声になり、慌てて片手で口をおさえた。
「俺も探します。お母さんは交番へ知らせに行って下さい。あと、人手を呼んできますので」
「ありがとうございます。助かります」
 サ店は夕方の仕込み時間にまだ余裕があるだろうから、須崎さんにも頼もう。俺は走ってサ店へ戻った。
「すざ……マスター! 手伝ってもらえますか!」

 美久ちゃんという女の子がいなくなったことと、お母さんが探していることを簡潔に須崎さんへ伝えると、須崎さんはすぐさまギャルソンエプロンを外し、カウンターから出てきた。
「もちろんです、行きましょう」
 サ店のドアに掛けてあるプレートをCLOSEに裏返すと、大川君早く、と俺よりも早く走り始めた。とっさの行動力がすごい。

「あ、大川さん。今交番の方が巡回中みたいで……一応警察署に繋がる電話に連絡してきました」
 美久ちゃんのお母さんが、交番のある駅の方角から走ってきた。
「分かりました。引き続き探しましょう。こちらは団地内にある喫茶店のマスターで須崎さんと言います」
「すみません、ありがとうございます。松木と言います」