前島さんは、スーパーで午前中だけレジのパートをしている。そのまま晩ご飯の材料を買い、その足でサ店に寄るのが日課だそうだ。まあパートがない日も友達と来ているみたいだから、パートがしたいというよりサ店に来たいからパートをしているとも言えそうだ。

「自分の時間って感じがして楽しいのよ。家じゃパートに出ることすら良い顔されてないからねぇ」
 なんて、少しだけ前島さんらしくない淋しげな口調を聞いたことがあった。

「定年退職されたご主人から、パートに出ることを反対されているみたいなのぉ」
 とは、津下市役所福祉課の林さんの弁だ。林さんも包括支援サービスに関係している繋がりで団地に来る機会が多く、前島さんの話(主に愚痴)を聞かされているらしい。
 前島さんのことも気になるけど、今は松木さんの買ったスポンジがどうなったかを聞いてみよう。

「やっぱり松木さんだった。今日は私がレジをやっている時間に松木さんが来てね、で、また同じスポンジを買ってったのよ」
 二日連続でスポンジを買うなんて様子がおかしいと思った前島さんは、
「そのスポンジ、気に入ってるの?」
 と聞いたのだそうだ。
「そうなの。このスポンジねぇ。とても使い心地が良くて。前島さん、これおすすめよ」
 と、昨日買ったことを忘れたかのようにスポンジの良さについて前島さんに力説したそうだ。
「もしかして、昨日も買ってない?」
「昨日……あ、私、買ったかもしれない。買ったスポンジどうしちゃったのかしら」
「お財布の中にレシートって入ってる?」
「ちょっと待って……あ、あった。これかしら」
 松木さんが見せたのが昨日の日付のレシートで、商品はスポンジがひとつ。
 
 「──というわけで、スポンジの件は一件落着。松木さんに無事渡せたわ。マスター、再生くん、朝からお騒がせしました」
「良かったです」
 須崎さんはそう言うと、「はい前島さん、いつものモカどうぞ」と、前島さんの前に淹れたてのコーヒーを置いた。
「そうそう。今日は特に疲れちゃったから、コーヒーがありがたいわぁ。いただきます」
 前島さんは美味しそうにコーヒーを飲む。そうか、前島さんの『いつもの』はモカだったか。自分のコーヒーが見つかるのが、このサ店の面白いところでもある。

「それにしても松木さん、ちょっと心配なのよ。今までは物忘れがあっても自覚してたのよね。だけど最近自分が物忘れをしてることすら忘れちゃうみたいなの」