「特徴を聞くと、どうも松木さんぽいのよ……。で、一旦スーパーを抜けて来てみたってわけ。ごめんね、抜けて来てるからすぐスーパーに戻らなきゃ」
 早口でそう言う前島さんに、須崎さんが答えた。
「もし松木さんを見かけたら、こちらでも聞いてみます。安心して下さい」
「ありがとう。よろしく頼むわね、じゃ」
 
 嵐のように去って行った前島さんを合図にするかのように、サ店が混み合い出した。俺はコーヒーを飲み干してカウンターへ返却する。
「俺もだれかに会ったら、松木さんのこと聞いてみます」
「そうして下さい」
「ご馳走様でした」
「行ってらっしゃい」

 仕事始まりに、だれかから行ってらっしゃいと言ってもらうのは何だか気持ちが良い。俺は、まず今日一番の大仕事を片付けに、取引先との待ち合わせ場所へ向かった。
 共同でリノベーション企画をしているインテリアメーカーの営業マンとの打ち合わせも最終局面に入り、どの世代でも暮らしやすいフルフラット設計に作り変えたサンプルの一軒を案内する仕事だ。
 この一軒を気に入ってもらえたら、反対派への説得に使える切り札が増える。すべての人を満足させることは難しいけど、この街の、この団地の再生を楽しみにしている人たちのためにやれる限りのことはやりたいと思っている。

 碓かに親父たちの言う通り、俺は変わったな、と思う。他人のことなんて気にもしたことなかった俺が、慌てたような前島さんや、ここのところサ店に来ていないという松木さんを心配している。
 まあ須崎さんがいれば大丈夫だろう、須崎さんがマスターをしているサ店は、この団地の住民にとってコーヒーだけではなくて、憩いと癒やしと、探していたものをくれる場なのだから。

 仕事はまずまずの手応えを感じて終わった。修正や改善点がいくつか見つかったのも良かった。持ち帰って課長に相談だ。でもまずその前に。
 俺は職場に外で遅い昼食を摂る旨連絡を入れ、サ店へ向かった。

 思った通り、レジのパート仕事を終えた前島さんがカウンターに陣取り、須崎さんを相手に何やら熱弁をふるっている。
「こんにちは。前島さん、スポンジどうでした?」
「あ、再生くん。いいところへ来たわ。話聞いてよ。今マスターにも相談してたところなんだけどね」
 振り向いて前島さんがこっちへ来いと手招きした。前島さんに勝てる者はこの団地にはいない。俺は前島さんの隣のカウンター席へ座った。