俺にはやっぱり、このコクと苦みが腹に溜まるようなマンデリンが口に合う。香りを吸い込んでから、そっと一口すすって、サ店の窓から見えるイヌツゲの植え込みに目をやった。
季節問わず、柘植の木団地内の植え込みは、管理が行き届いている。今年も来年も可愛らしい緑色で和ませてくれるだろう。
 未来へと繋げていきたい。今までそこにあったものを消すのではなく、活かす方法で。

 オープン直後はそんなに混んでいないから、それまでに借りたひみつ道具を返してお礼を言おうとサ店に立ち寄ったところだった。

そろそろ団地の住民が訪れる頃だ。仲間と待ち合わせてサ店へ行こうか。パソコン教室で教わったばかりのシニア向けスマホで、きっとそんなやりとりが行われているんだろう。午前中の混雑の気配がし始めた。
このコーヒーを飲み終わったら席を立とう。そう思って、残り二口ほどあるカップを手に取った時、カランと来客を告げるドアベルが鳴った。駆け込むように店へ入って来たのは前島さんだ。
「おはようマスター、あら再生くんも朝からまたサボり?」
「違います、取引先を案内するのに先に来て待ってるんです」
「あらそう。頑張ってるじゃない……じゃなくて、二人とも、松木さん見なかった?」
「「松木さん?」」

 前島さんは何だか心配そうな顔だ。普段あまり自分の方から話しかけない須崎さんが口を開いた。
「実はここのところお見かけしていないです。もし来られるとしたら午前中だとは思いますが」
「そうよね。早すぎたわよね。私もこれからレジのパートだから、また終わったら立ち寄ってみるわ」

 少し心残りのあるような表情が気になって、俺は前島さんに問いかけた。その辺の空気読まないのが俺の良いところだ、と須崎さんも前に言っていたな。
「前島さん、松木さんがどうかしたんですか?」
「うーん、実はね。昨日の夜のパートさんから伝言があったのよ。かごの中に台所用スポンジだけ入れてレジに来たお客さんがいたんだけど、お金は支払ったけどスポンジはそのままにして帰っちゃったんだって」

 団地に併設されている、食料や生活用品全般を扱う中型スーパーは、買い物かごを店の入り口で取って買い物をし、レジで精算係の店員さんが精算済かごに入れ直して、買い物袋に入れるのはお客さん自身にやってもらうスタイルだ。作業カウンターにスポンジが入ったままのかごが置いてあるのに店員さんが気づいたのはだいぶあとになってからで、もうお客さんはいなかったそうだ。