「いや、マスターみたいに美味しく淹れるなんて百年早いのは分かってるんですけど。なんていうか、今こんな感じで良い感じにやれてるんだ、みたいなのを家族に伝えるにはどうしたらいいかなって考えたら……」
「分かりました。大川君にでも美味しく淹れられるコツとひみつ道具をお貸ししましょう」
「エプロンのポケットからですか?」
「……このポケットは四次元には繋がっていません」
 なんと、須崎さんジョークスペシャルだ。滅多に聞けない冗談と須崎さんの優しさに俺は両手を合わせた。
「ありがとうございます」
 ──というやりとりを経て、今に至る。

須崎さんが貸してくれたひみつ道具というのは、主にキャンプで使う丈夫なステンレス製のドリップコーヒーセットだ。
しまう時には平べったく折りたたむことの出来るドリッパーと4人用のドリップフィルター、ちょうど良い温度と量のお湯を注ぎ入れるための細口ケトル、サーバー。そして家族みんなの口に合うようにと選んでくれたエチオピアモカの粉。わざわざ真空パックで個包装にして持たせてくれた。そして温度計。

「お湯の温度は90℃くらい。沸騰したお湯を火からおろしてケトルに移し約1分間置くとだいたいこの温度になりますが、大川君は温度計を使って測るのが分かりやすいと思います。店では一杯ずつ淹れていますが、何度もやり直すのは大変なので、サーバーにご家族分落としましょう。粉は人数に合わせて量を調整しましたから、そのまま全部フィルターに入れて下さい。その時に、粉の高さが一定になるよう、横からトントンと叩くのがコツです」
「トントン」
「はい。そして、ケトルから少量お湯を注いで粉を蒸らします。20秒くらいでしょうか。粉がおまんじゅうのように膨れます。サーバーにぽたぽたとお湯が落ちる程度を目安にして下さい」
「ぽたぽた」
「はい。次に本格的にお湯を注いでいきます。いろいろなやり方があるのですが、お貸しするドリッパーに合わせて、大川君はのの字でゆっくり細く注いで下さい。この細口ケトルなら、たくさん出ることはないので怖がらないように」
「のの字」
「はい。注いだお湯が落ちきる前に、次のお湯を注ぎます。サーバーの目盛りまでコーヒーが溜まったら潔く終わらせて下さい。お湯が残っていても終わらせること。それぞれカップに注いだら完成です」
「めちゃくちゃ分かりやすかったです。ありがとうございます」
「健闘を祈ります」

 カウンターで須崎さんから教えてもらったことを思い出しながら、台所で4人分のコーヒーを淹れる。モカの華やかな香りが台所中に広がってきた。
「あら、良い香り」