「じゃあ簡単に用件だけ伝えるな。まあ察しはついているとは思うんだが、うちの会社に入る件だ」
 やっぱりそうだと思った。俺は居間のソファに座りながら、親父に頷いた。
「いや、航平には悪かったと思っているんだ。津下市役所の政策経営部にすぐに異動出来ると聞いて話を受けたんだが、あちらも人手不足だとあとから聞いてな。三年いたことだし、ちょうどいいからこの辺で出向を切り上げるという話を、課長にしようかと思っているんだ。航平ももっと開発の仕事をやってみたいだろう、修平の下にポジションを作るから」
「そのことなんだけどさ」
 俺は、持ってきたリュックの中身にちらりと目を向けてから、言った。
「再生課は再生課で、やりがいがあってさ。将来ここで仕事するのにも役に立つことがあるな、って」
「そうなのか?」
「うん、勉強になってる。だからさ、もう少し津下市役所の再生課でやってみるよ。いいかな?」
「航平がいいなら、こっちは大丈夫だが……」
「ありがとう」
「……お前、なんか変わったな」
「そう?」

「それよりさ、今日は晩飯のあと、親父たちに試してもらいたいものがあるんだ」
「試す……? なんだ、仕事関係か?」
「いや、関係あるというかないというか……なんだけど」
 リュックの中に、あるひみつ道具を潜ませて来た。それと須崎さんに分けてもらった美味しくて茶色い粉。

 親父と母さんそれに近所に住んでいる兄貴夫婦を呼んで、晩飯あと、俺がコーヒーをふるまうことになった。
 大川組の取締役の一人になっている十歳年上の兄貴、修平と俺は喧嘩をしたこともなく、むしろ良い相談相手なんだけど、今回の件は兄貴にも相談していなくて、親父から聞いて兄貴は驚いていた。
「三年頑張ったんだから十分だろ、早く大川組に来いよ。待ってんだから」
 兄貴のいる部署は忙しくて、俺が戻って戦力になるのを期待しているらしい。
「ごめん兄貴。もうちょいこっちで頑張ってみたくてさ」
「まあ、今までけっこう適当に生きてきた航平がそう言うんだから、今の仕事が相性良いんだろうな。頑張れよ」
「ありがと」
「で、その試してほしいものって何だよ」
 ちょうどそこで母さんからの
「航平、お湯沸いたよ」
 という声が入って、俺はいそいそと台所へ向かった。リュックの中身からすでにひみつ道具は取り出して準備してある。

「……なるほど、ご実家でコーヒーをふるまいたい、と」
「粉の代金はもちろんきちんとお支払いします。それで、その俺でも美味しく淹れられるコツみたいなのを、出来たらなるべく簡単に……」
「簡単に、ですか」