すっかり俺はサ店の伝言板のようになっている。それだけサ店がこの柘植の木団地になくてはならないもので、みんな楽しみにしているということなんだろう。

「そうでしたか、前島さんにまで心配を掛けてしまいましたね」
 数枚の下着や着替えを持って行った須崎さんは、すっかり意識も戻ってベッドに起き上がっていた大迫さんとやや気まずい再会から始まり、こんな会話をしたそうだ。

「その……須崎君、今回は本当にありがとうございました」
「いや大迫君、僕の方こそ……最初に知らないふりをしてしまってすみませんでした」
 そう言い合ってしばらく間が空き、そうしてふたりで吹き出したという。

「実のところ、今回途中から記憶がほとんどないんだ。須崎君がすぐにクリニックへ連れて行ってくれたから、大学病院への移動がスムーズに済んだと聞いて、本当に感謝している」
「前兆はあったんですか?」
「いや、それがまったくなかったんだ。たしかに食生活は乱れてはいたが、普通に身体も頭もしっかりしていたから自覚がなかった」
「健康診断とかは?」
「ヴァバールにいた頃は毎年集団検診を受けていたが、実は須崎君がサ店を出すちょっと前に辞めてしまっていてね。オーナーと喧嘩してしまって。私は人間関係を壊すのが得意なようだ」
「そんなことないですよ」
「ヴァバール時代はすまなかった。須崎君の作る味は自分には出せないと思ったら、羨ましさが出てしまった。誓って噂は広めてはいないが、賛同したのは間違いない」
「こちらこそ、ずっと話しかけにくい雰囲気を作っていたのは僕の方だったと思っています。僕の方こそ、人間関係を構築するのが苦手なんです。大迫さん、今は何をしてらっしゃるんですか?」
「津下駅の近くのファミリーレストランで働いているんだが……。後遺症は残らないだろうと先生には言われているんだが、まだ右手の感覚があまりないんだ。もしかしたら料理の道には戻れないかもしれない。バチが当たったんだな」
「先生が言うんだから大丈夫ですよ、また出来ます」

「大迫さん、近くで働いてたんですね」
「ずっと独身のままでお店を辞めたのでどこかへ行くあてもなく、昔住んでいた柘植の木団地へでも戻るかと来てみたら僕がいたのでびっくりしたと言っていました。店で出していたサントスがお気に入りで、僕が知らないふりをしているのは分かっていながらもコーヒー飲みたさに通ってくれていたようです。ありがたいことです」
「それだけマスターのコーヒーには人を惹きつける力があるってことですよ」