「逃げるなんて人聞きの悪い、仕事です。前島さん、事情は大川が詳しく話します」
「ああっ」
「知ってるのね再生くん。ちゃんと始めから説明してちょうだい」
うわーーん!

「そう、あの方大迫さんって言うのね。私たち古参の住民もよく知らなかったのよ実は」
 そう言って前島さんは、あるじのいないサ店の外にあるベンチで汗を拭いた。
「何年前だったかしら……再生君たちの再生プロジェクトが始まるちょっと前くらいだかに引っ越してきた人でね。お母様と一緒に昔ここに住んでらしたらしいんだけど、お母様はもうとっくにお亡くなりになってて、私も存じ上げないのよ」
「そうだったんですか。じゃあ大迫さんのご家族って」
「奥様とかがいらっしゃらなければおひとりか、親戚がどこかにいらっしゃるか……くらいよねぇ。このままマスターが代理人で、ことは済むんじゃないかしら。意識さえ戻ったんなら、あとは本人と治療について決めればいいわけだから」
「ああ、そうですよね」
「ちょっとね、暗い人よねぇなんて私たちの中で話してたんだけど。マスターとお知り合いならそう言ってくれりゃあ良いのにね」
「前島さんの前じゃあ、言いたいことも言えませんよ……」
「ん? なんか言った?」
「い、いえ何も」
 思わず口を滑らせて、前島さんに睨まれる。汗が額をつーと流れた。
「大迫さんも思うところはあったんでしょうけど、マスターは天狗になるような人じゃないのにねぇ。でもどの世界でも人間関係がずっと上手くいくなんてことないから、仕方ないのかもね」
「どの世界でもですか」
「再生君も歳とれば分かるわよ」
「……俺、なるべくそういうのと関わり合いたくなかったんですよね」
「面倒くさそうだったものね、特にここへ来たばかりの頃は」
「分かりました?」
「分かった分かった。早く再生課を辞めたそうだったもの。でも今はちょっと変わってきてる」
「面倒くさいことも、まぁそんなに嫌いじゃなくなったっていうか」
「また面倒くさくなる時が来るわよ」
「えぇ!?」
「でも良いのよ、それで。つかず離れず。困った時はちょっと助け合って、だけどあまり入り込み過ぎもしない。ちょうど良い塩梅が分かってくるわよ、再生君にも」
「そうなんすかねぇ」
「そうよ。私なんか……おっといけない、昼ご飯に素麺食べたいなんて急に言うから。これだから定年退職した旦那は面倒くさいのよ」
「お疲れ様です」

 よっこらせ、と前島さんは煩わしそうな表情で立ち上がった。
「マスターによろしく言っておいて。明日にでも飲みに行くわって」
「はい」