手術中、須崎さんはずっと考えていたのだという。この期に及んで今更名乗るのもどうなのかと。自分が気にしていない、覚えてもいないような風でいるから、それに合わせようとしてくれていた大迫さんに、今更「あの時のことをずっと覚えている」と言うようなものではないか。
 そんなことを悶々と考え続けて、看護師さんから今後の説明を受けたあと、麻酔から醒めて病室へ移動した大迫さんの顔を見るだけ見て、そのまま帰ってきてしまったのだそうだ。
 俺にはどうしても、須崎さんと大迫さんは、また昔からの仲間として仲直りしたそうに見えるんだけどなぁ。そうじゃなきゃ、大迫さんだって常連になるほどサ店に来るわけないし、須崎君なんて名前まで覚えているわけないし。須崎さんだって、昔の思い出から脱却しきれていない自分をもっとパーッと解き放ちたいんじゃないのかなぁ。そういう風に俺には見えるけどな。

「そこは名乗りましょうよ」
「でも今更……」
「大川君の言う通りですよ、ご家族との連絡もありますし」
「……まぁ、そうなんですけど」

 珍しい。須崎さんが口を少し尖らせて言うので、俺は思わず笑った。隣を見れば、森本さんも銀縁眼鏡の奥を細めているように見えた。
 俺は、いつもの須崎さんを思い浮かべながら口を開いた。こんな時、須崎さんならこう言うんじゃないかな。
「いろいろと考えなくても良いんだと思いますよ。新しく出会いをやり直したんだと思えば」

 お、という顔をして須崎さんと森本さんが俺を見た。
「良いこと言うじゃないですか、再生君」
「再生君はやめて下さいってば、森本さん」
「大川君から励ましをもらえて、やる気が出ました」
「茶化してません?」
「茶化してなんかいませんよ。たしかに初動は間違ってしまいましたが、あとでいくらでもやり直せますよね。うん、大川君の言う通りです」
 須崎さんの顔が明るくなった。
「今日の午前中も病院へ行ってきますので、その時に大迫君の調子が良ければ話をしてきます。大丈夫そうなら、午後から店を再開します」
「その調子です」
「もしお客さんに会ったら、俺も言っておきますよ。心配している人もいるだろうし」
「お願いします」

 案の定、須崎さんが荷物を持って病院へ向かったあと、すぐに前島さんが慌てたようにやって来た。
「ちょっとちょっと、貼り紙見たわよ。昨日から急用で休みってどういうことよ?」
「おはようございます前島さん」
「おはようございますじゃないわよ、呑気ねぇ再生くんも」
「じゃ私、別のところで打ち合わせなので。あとよろしくお願いします大川君」
「あっ、森本さん逃げるんすか」