ゲリラ豪雨の激しさを物語っているのは、何よりもその蒸し暑さだ。追い打ちをかけるつもりなのか、さあ雨上がりだと言わんばかりに、蝉の声がいつもの数倍に膨れ上がっている。

 早いところ、涼しいサ店に入ろう。さすがに今日はホットはやめてアイスコーヒーだな。この天候だと言うのにプレートはOPENになっている。真面目な須崎さんらしい。
「こんにちは、マスター。すごい雨でしたね」
 カランカランとドアベルを鳴らして店内へ入ると、さすがに須崎さんの姿しかなくて……いや、ひとりいた。
「あ、すんません。だれもいないかと思って大声で喋っちゃいました」
 カウンターの一番端。よほど混んでいたり先客がいない限りは、そこが彼の指定席だ。
俺がサ店に来る前からの常連客。だれと喋るわけでもなく、コーヒーを飲みながら週刊誌に目を通して、一杯飲み終わるとすぐに帰る五十代くらいの中年男性だ。
「ああ大川君。大変な雨でしたね。仕事ですか」
 サイフォンで出来上がったコーヒーの入ったフラスコを手に持ち、須崎さんはちらりと俺を見た。愛想がないのはいつものことで、すぐに手元へ視線を落としたのは、コーヒーをカップに注ぐという工程があるからなのは、俺ももう分かっている。

「お待たせしました。サントスです」
 その常連客は、あたたかいコーヒーを「どうも」とだけ言って受け取った。本当のコーヒー好きなのかもしれない。俺は喋ったことがないから分からないけど。もしかしたら前島さんあたりは根堀り葉掘り聞けるのかもしれないが、そこまでのテンションは俺にはない。

 団地にはいろんな人がいる。ここで仕事をしてきてだいぶ分かってはきたんだが、この人だけはどこのだれなのかよく分からないままだ。
「大川君も座って下さい。何にしますか? マンデリン……」
「すいません、今日はアイスコーヒーにします」
「暑いですもんね」
「それとトーストとサンドイッチ。実は昼メシ食ってなくて……」
「そうでしたか。すぐに用意しますね」
 須崎さんが準備をしている間に、その常連客はコーヒーを飲み終わったようだった。
「ご馳走様でした」
 代金を小さなレジカウンターに置く。須崎さんは気づいていないようだ。
「これ、ちょうどですって、須崎君に言っておいて下さい」
 そう俺に一声掛けて、常連客は店を出て行った。
 須崎君……須崎君!? ふたりは知り合いなの!?

「ああ、大迫君ですね。僕の元同僚なんです」
 俺ひとりになった店内で、使った器具を片付けながら須崎さんは言った。
「なんだ、お知り合いなんですか。じゃあ普通に喋れば良いのに」
「……ですよね」