「い、いえ何でもないっす」
 おっと、思わず口を挟んでしまった。森本さんの名前が「める」。今日一番の出来事かもしれない。

「さと美ちゃんも、みやびちゃん推しなんだよね?」
「うん。めるちゃんと同担だけど、実を言うとマキノちゃんも好きなのぉ」
「ああ、ぽいぽい。マキノちゃんムードメーカーだもんね。さと美ちゃんぽい」
「そうなのぉ。だから最近は、みやマキで箱推しかなぁ」
「みやマキね。あ、でも2期だとマキみや味ない?」
「わかるぅマキみや味あるぅ! 二期はドキドキしちゃったぁ」
「3期これ、マキみやマキあるかもしれないよ?」
「マキみやマキ見たぁい」
「3期の前に劇場版アイファンあるから、それを見てから判断しよう」
「そうしよぉ!」

 なんすかマキみやマキって。頭にハテナが浮かびまくる。
 ちらっとカウンターを見れば、須崎さんは我関せずといったいつもの顔で、お湯に浸ったコーヒー粉を竹ベラでゆっくりとかき混ぜている。

(まあいっか。楽しそうなら)
 エメラルドマウンテンが賑やかなお茶会イベントに繋がったというのは、こういうわけだ。

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 数ヶ月経って、今度は高齢の入居者と離れて暮らす家族向けの福祉講習会が開かれることになり、俺は雑用係として、再生課と福祉課を行ったり来たりしている。

「じゃあ、サ店に伝えておきますね。今度はテーブルの数を減らして椅子を増やす、と。飲み物とおやつは、終わったら提供するようにしましょうか」
「それが良いわねぇ。大川君、いつもありがとうねぇ」
「この取り組みが夕方の情報番組に紹介されたんで、うちとしても万々歳のイベントなんですよ」
 福祉課の入り口でばったり会った林さんとそんな話をしていると、

「大川君、課長が呼んでますよ。提出したデータの数字が間違っているそうです」
 廊下を足早にやって来る銀縁眼鏡。きらりと鋭く光っている。

「え、まじすか……またやっちまった」
「そんなことじゃ再生くんの名がすたりますね、気をつけるように」
「はい、すんません。すぐ課長のところへ行ってきます」
「再生くん……んふふ」
「林さんまで、笑わないで下さいよ」
「いいじゃないですかぁ。団地の皆さんに好かれている証拠ですよぉ」
「じゃあ失礼します」

 立ち去りながら、森本さんの用事は何だったんだろうと少し聞き耳を立ててみると……。
「林さん、ランチの時にでも円盤リリイベの打ち合わせを」
「了解ですぅ。パワレコ限定イベですもんねぇ。絶対整理券取らなきゃですぅ」
「そうなんですよ。負けられない戦いが待っています」