「いや、こっちの話です。マスターなら快諾してくれますよ。俺から言っておきます」
「助かりますぅ」
 林さんの申し出はまさにグッドタイミングだった。話はとんとん拍子に進み、当日を迎えた。

「思ってた以上に人が来てくれましたねぇ!」
 説明用のテーブルを中心に店内のレイアウトを動かしていたため、説明会が終わって、林さんと森本さん、俺が居残って店内を片付けている。
 団地の住民は前島さんと松木さんを入れて十五人近く集まってくれた。書いてもらったアンケートを見ると、説明会はおおむね好評だったようだ。やはり住民の年齢層を考えると、文字や画像よりも、実際に見てもらう方が分かりやすいのかもしれない。前島さんからの提案はどんぴしゃだった。
 サ店からはブレンドコーヒーとお茶、先週店舗を立ち上げたばかりのパン屋さんからソフトクッキーの提供を受けたおかげで、会場の空気も和やかだった。
「住民の方も楽しそうでしたね」
 須崎さんがカウンターの中から声を掛けてきた。その須崎さんを手伝って、森本さんが洗い物をしている。
「集会所での説明会よりこっちの方が良いと、アンケートにも書いてありますよぉ。本当にマスターにはお世話になりましたぁ」
「いえいえ。さて、片付けも終わったので、皆さんひと息つきませんか?」
「やった」「はぁい」

 サ店にはいつも通りの空気が戻っていた。二台のサイフォンが、4人分のコーヒーを淹れるために働いている。セッティングは完璧だ。
 俺は須崎さんの元へ行き、サーブ係を買って出た。
「さりげなく水を向けた方がいいですかね?」
「我々はカウンターで様子を見てみましょう」
「了解です」
 須崎さんと小声で打ち合わせを済ませると、俺は森本さんと林さんの元へ淹れたてのコーヒーを持って行った。二人のために須崎さんが淹れたのは、エメラルドマウンテン。

 森本さんと林さんは同じテーブルに座り、タブレットで今日の成果を共有している。仕事繋がり……でしかないのかなぁやっぱり。
 二人分のコーヒーをテーブルに置いてカウンターに戻ろうとすると、視線の先で須崎さんが、俺に何やらアイコンタクトを取ってきた。なんだ?

 そっと振り向いてみる。林さんが、自分のバッグを少し不自然な場所に置いた。テーブルの上に置いたら邪魔だろうという場所。森本さんの表情を伺うように、ちらちらと気にしている。森本さんはタブレット入力に夢中で気がついていない。
「あ」
「しーっ」