「わ、森本さん。お疲れ様です大丈夫です黒ゴマプリン食います」
「なんだ」
 美味しいものには目ざとい能力、さすが森本さんだ。

 あたりを見渡せば、いつの間にか職員食堂はお客さんでいっぱいだった。
「一般の方にも食べていただきたいので、相席失礼」
「あ、はい。もちろんどうぞ」
 森本さんはペペロンチーノとサラダのセットだ。
「日替わり定食は残念ながらもう売り切れでした」
「本当に人気なんすね」
「分かったでしょう」
「はい、旨いっすもんね」
 そうでしょうとも、と森本さんは銀縁眼鏡をキラリと光らせながら頷いた。
 
 一見取っつきにくそうなオタク女史……かと初めは思っていたけど、そうじゃなくて、こうやって美味しいものを他の人にも楽しんでもらいたいと思える人なんだ、というのが最近分かってきた。
 俺がそんな風に他人のことを気にするようになったのは、間違いなく須崎さんの影響だと思う。
 普段は寡黙で内気なのにコーヒーの話になると饒舌になるし、他人の気持ちを察するのは得意だし、ほんと不思議な人だ。

 セッティングかぁ。俺は向かいの席の森本さんを見ながら考えた。
 林さんがアイドルファンタジーを好きでいながら、同期であるはずの森本さんにそれを伝えていないこと。森本さんは、ずっと一人でオタ活をしてきたけど、本当は楽しいことをだれかと共有したいと思っていること。
 二人の気持ちが正直になれる場所と言えば、やっぱりあのサ店しかないだろう。問題は段取りだ。
 森本さんは、俺のお目付け役で仕事を頼めば来てくれるだろうけど、あとは林さんをどう呼び出すか……。

「あ!」
「どうしました?」
「いや、すいません独り言です」
 思わず声に出してしまった。
 そうだよ。福祉課の林さんを団地へ呼び出せる人がいるじゃないか。福留さん。福留さんに頼んで、林さんをサ店へ呼び出してもらえばいいじゃないか。
 ひとりで何とかしようとするから、思いつかなかったんだ。縁はこういう時のためのものだと、まさに須崎さんが教えてくれたんだ。
 福留さんがサ店に来る回数が増えた、と言っていたな。福祉課との案件が終わった今、福留さんの自宅を訪問するのは控えた方がいいだろうが、サ店で会うなら問題ないだろう。

「ご馳走様でした。森本さん、お先です」
「あれ、黒ゴマプリンは……」
「旨かったです」
「なんだ」
 恨めしそうな森本さんには悪いが、俺もこの日替わり定食は推しなのだ。さて、午後もいっちょ頑張りますか。

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「え、福留さん、ぎっくり腰ですか?」