「マスター、絵下手っすね」
「……必要がないので」
 いつもの須崎さんからは想像出来ない少し不貞腐れたような口調に、俺は思わず口元が緩む。これで俺より二十も年上なんだからな。

 かなりデフォルメされた絵だが、言わんとすることは分かった。これは、森本さんが推しているアニメ、アイドルファンタジーの主人公みやびちゃんだ。
「これと同じデザインのフィギュアを見かけたことがあるんですよ、市役所で」
「森本さんの机の上っすね?」
「ええ、店舗の打ち合わせに伺った時に。たくさん並んでいたので、お好きなのかなと」
「俺が再生課に来る前から集めてるみたいですよ」
「なるほど。森本さんと林さんは、同じ趣味を持つ友人同士というわけですね?」
「……それは……あれ?」

 たしかにあの二人は同期だが、そんなに仲が良いというようには見えない。仕事に関する交流はあっても、アイドルファンタジーの件で盛り上がっているところなんて見たこともない。
 森本さんの机にフィギュアが飾ってあるのは林さんも知っているはずなのに、どうして黙っているんだろう。
「森本さんに言ったら喜びますよね。林さんもアイドルファンタジーが好きみたいですよって言ってあげようかな」
「いや、林さんが言うまで我々は黙っていた方がいいかもしれません」
「どうしてです?」
 今までオタ活もグルメ活も一人だったと森本さんは言っていた。だけど仲間がいた方が楽しいことを、須崎さんから教わったと。 
 だったら、林さんと好きな趣味の話で盛り上がれたら楽しいんじゃないか? 身近に仲間がいるなんていいじゃん。

「第三者が介入すると、物事がこじれることはよくあります。大川君ははっきり言うので、こじれる心配はないですが」
「褒めてます?」
「もちろん褒めてます」
 ん? このやりとり、前にもあったような気がするな? 
 須崎さんは例のごとく顎に人差し指を当て、じっちゃんかじっちゃんの孫かトリプルフェイスばりの表情をその顔に浮かべた。

「森本さんも林さんも、何かひとつ殻を破り切れていないのかもしれませんね」
「殻……ですか」
「思い切って破ることの出来ない固い殻のような……」
「過去のしがらみ的なやつですかね。福留さんの時みたいな」
「分かりませんけどね」

 しばらく思案していた須崎さんは、何かを思いついたのか、口を開いた。
「大川君。セッティング、お願いできますか?」
「何かよく分かんないですけど、俺で出来ることなら了解っす」
「頼もしいです。さすがは再生くん」
「やめて下さいってば」