「そうです。アニメの推し活と同じくらい、美味しいものを求めて探し歩くのも好きだったので。ヌン活だって、流行る前からやっていますし」
「ヌン……活? え、あの、ブルースがやっている? ワターッって?」
「違います。ヌンチャクのヌンではありません」
また冷たい目で見られながら教えてもらった。なるほどアフタヌーンティーのヌンか。
「美味しそうな店を開拓していた時に、ビストロ・ヴァバールを見つけました。当時は路地裏の分かりにくい場所にありまして、少人数で切り盛りをしていました」
手元のコーヒーを見つめる眼鏡の光が、少し和らいだようにも見える。森本さんの目には、ちょっとしたタイプスリップ映像がこげ茶の水面に映っているのかもしれない。
「食後のデザートにチョコレートケーキが出ました。セットの飲み物はコーヒーか紅茶。コーヒーは苦手でしたが、紅茶という気分でもなく、どうしようかと悩んでいたのです。そうしたら」
「どうしたんです?」
「私がコーヒーに躊躇しているのが分かったようで、マスターが厨房から出て来てくれたのです」
「へぇ!」
「そしてエメラルドマウンテンのことを教えてもらいました。コーヒーの苦手な方にこそ、ぜひ飲んでもらいたいと。肥沃なコロンビアの土壌で育った、宝石のように希少なコーヒー豆なのだと、ずいぶん熱心に語っておられました」
「あ、分かります。マスターってコーヒーの話になるとキャラが変わるというか」
「本当にコーヒーが好きなんでしょう。熱弁をふるったあとに、顔を真っ赤にして厨房へ消えてしまって」
「ははは」
「ケーキを口に運び、思い切ってコーヒーを飲んでみました。とても美味しかった。と同時に、美味しいものを語り合える人がいるということが、私にとって嬉しい出来事でした」
自分が探し求めていたのは、美味しい料理だけじゃなくて、何かを一緒に楽しめるだれかの存在だったのだと、その時森本さんは気づいたのだそうだ。
「そこから何度となくマスターの店へ通うようになり、コーヒーの美味しさにもハマっていきました。通っているうちに店の評判は少しずつ上がり、店舗も大きくなっていったのですが」
仕事が忙しくなってなかなか予約が取れず、ようやく店を訪れた時には、もう須崎さんは辞めていたのだそうだ。美味しい料理に変わりはないが、何となく足が遠のいてしまったと森本さんはぽつりと言った。
「ヌン……活? え、あの、ブルースがやっている? ワターッって?」
「違います。ヌンチャクのヌンではありません」
また冷たい目で見られながら教えてもらった。なるほどアフタヌーンティーのヌンか。
「美味しそうな店を開拓していた時に、ビストロ・ヴァバールを見つけました。当時は路地裏の分かりにくい場所にありまして、少人数で切り盛りをしていました」
手元のコーヒーを見つめる眼鏡の光が、少し和らいだようにも見える。森本さんの目には、ちょっとしたタイプスリップ映像がこげ茶の水面に映っているのかもしれない。
「食後のデザートにチョコレートケーキが出ました。セットの飲み物はコーヒーか紅茶。コーヒーは苦手でしたが、紅茶という気分でもなく、どうしようかと悩んでいたのです。そうしたら」
「どうしたんです?」
「私がコーヒーに躊躇しているのが分かったようで、マスターが厨房から出て来てくれたのです」
「へぇ!」
「そしてエメラルドマウンテンのことを教えてもらいました。コーヒーの苦手な方にこそ、ぜひ飲んでもらいたいと。肥沃なコロンビアの土壌で育った、宝石のように希少なコーヒー豆なのだと、ずいぶん熱心に語っておられました」
「あ、分かります。マスターってコーヒーの話になるとキャラが変わるというか」
「本当にコーヒーが好きなんでしょう。熱弁をふるったあとに、顔を真っ赤にして厨房へ消えてしまって」
「ははは」
「ケーキを口に運び、思い切ってコーヒーを飲んでみました。とても美味しかった。と同時に、美味しいものを語り合える人がいるということが、私にとって嬉しい出来事でした」
自分が探し求めていたのは、美味しい料理だけじゃなくて、何かを一緒に楽しめるだれかの存在だったのだと、その時森本さんは気づいたのだそうだ。
「そこから何度となくマスターの店へ通うようになり、コーヒーの美味しさにもハマっていきました。通っているうちに店の評判は少しずつ上がり、店舗も大きくなっていったのですが」
仕事が忙しくなってなかなか予約が取れず、ようやく店を訪れた時には、もう須崎さんは辞めていたのだそうだ。美味しい料理に変わりはないが、何となく足が遠のいてしまったと森本さんはぽつりと言った。