よっぽどコーヒーが飲みたかったのだろうか、珍しく森本さんの銀縁眼鏡がどんよりと曇っている。そこへ。
「店外のベンチでも良ければ」
注文されていたコーヒーを一通り提供し終えた須崎さんが、カウンターから出てきて俺たちに告げた。
「ベンチ? マスター、いつの間にそんなものを?」
見たところ店先に変わった様子はなかった。俺の問いかけに、須崎さんは小さく笑みを浮かべた。
「普段は通行の邪魔になるので、閉じているんですが」
俺たちを店の外へ出るよう促すと、須崎さんは壁面に取り付けた折り畳みベンチを引き出してみせた。掴まるための手すりもちゃんと設置してある。
「以前、福留さんが転びそうになったことあったでしょう?」
「ああそう言えば」
バラココーヒーの好きな福留さんのことだ。足の悪い福留さんが、店の前でバランスを崩してしまった時のことを俺は思い出した。
「福留さん以外にも、そういう場面は何度か見かけたものですから。コーヒーを飲まなくとも、一休みできる椅子のようなものがあればと」
「なるほど。さすがマスターっすね」
「い、いや……、褒められるほどのものじゃ……」
須崎さんの顔が赤らみ、言葉がもたつき出す。褒められるのに慣れないのは相変わらずなのだ。
そんなわけで、俺と森本さんも無事コーヒーを飲めることになった。俺はいつものインドネシア産のマンデリン。
「森本さんは、好きな銘柄とかあるんですか?」
簡易ベンチに座って何気なく口にした俺の質問が、「森林のお茶会イベント」に繋がるなんて、思うわけないじゃないか。
ついさっきまで曇っていた森本さんの銀縁眼鏡が、キラリと輝きを取り戻した。
森本さんは珍しく何かを思案するように一呼吸置くと、眼鏡をカチッと上げた。
「……これは、コロンビアのエメラルドマウンテンというコーヒーなのです」
「エメラルドマウンテン。そんな山があるんですか?」
「いいえ、コロンビアにエメラルドマウンテンという山はありません。再生くんは地理に弱いんですね」
「くっ」
さっそくそのあだ名を使うか。コーヒーをひと口飲むごとに、森本さんの切れ味が戻っていく。
「とは言っても、私はこのエメラルドマウンテンに出会う前は一度もコーヒーを飲んだことがありませんでした」
「えっ、グルメな森本さんがですか」
「そうです。むしろ苦いだけだと思い敬遠していました」
「へぇ、意外です」
「はい?」
「あ、す、すいません」
ついポロリと本音を口にしてしまった俺をジロリと一瞥すると、森本さんは、再び手元のコーヒーカップに視線を注いだ。
「店外のベンチでも良ければ」
注文されていたコーヒーを一通り提供し終えた須崎さんが、カウンターから出てきて俺たちに告げた。
「ベンチ? マスター、いつの間にそんなものを?」
見たところ店先に変わった様子はなかった。俺の問いかけに、須崎さんは小さく笑みを浮かべた。
「普段は通行の邪魔になるので、閉じているんですが」
俺たちを店の外へ出るよう促すと、須崎さんは壁面に取り付けた折り畳みベンチを引き出してみせた。掴まるための手すりもちゃんと設置してある。
「以前、福留さんが転びそうになったことあったでしょう?」
「ああそう言えば」
バラココーヒーの好きな福留さんのことだ。足の悪い福留さんが、店の前でバランスを崩してしまった時のことを俺は思い出した。
「福留さん以外にも、そういう場面は何度か見かけたものですから。コーヒーを飲まなくとも、一休みできる椅子のようなものがあればと」
「なるほど。さすがマスターっすね」
「い、いや……、褒められるほどのものじゃ……」
須崎さんの顔が赤らみ、言葉がもたつき出す。褒められるのに慣れないのは相変わらずなのだ。
そんなわけで、俺と森本さんも無事コーヒーを飲めることになった。俺はいつものインドネシア産のマンデリン。
「森本さんは、好きな銘柄とかあるんですか?」
簡易ベンチに座って何気なく口にした俺の質問が、「森林のお茶会イベント」に繋がるなんて、思うわけないじゃないか。
ついさっきまで曇っていた森本さんの銀縁眼鏡が、キラリと輝きを取り戻した。
森本さんは珍しく何かを思案するように一呼吸置くと、眼鏡をカチッと上げた。
「……これは、コロンビアのエメラルドマウンテンというコーヒーなのです」
「エメラルドマウンテン。そんな山があるんですか?」
「いいえ、コロンビアにエメラルドマウンテンという山はありません。再生くんは地理に弱いんですね」
「くっ」
さっそくそのあだ名を使うか。コーヒーをひと口飲むごとに、森本さんの切れ味が戻っていく。
「とは言っても、私はこのエメラルドマウンテンに出会う前は一度もコーヒーを飲んだことがありませんでした」
「えっ、グルメな森本さんがですか」
「そうです。むしろ苦いだけだと思い敬遠していました」
「へぇ、意外です」
「はい?」
「あ、す、すいません」
ついポロリと本音を口にしてしまった俺をジロリと一瞥すると、森本さんは、再び手元のコーヒーカップに視線を注いだ。