こんな昼間からサ店にいる理由について、先手を打つ。待ち合わせは事実だ。市役所の別棟にある「福祉課」の林さんに呼び出され、その割になかなかやって来ない彼女をこうして待っているのだ。
 サ店に入ってきた前島さんは、マスターに「いつものお願い」と声を掛けると、隣の席によっこいしょ、と腰掛けた。サ店と同じく団地一階にテナントで入っている豆腐屋のビニール袋を向かいの席に置くと、
「へえ、林さんと。なに、デート? やるわねぇ、再生くんも」
 と、見えないアンテナを伸ばしてきた。前島さんの得意技、噂アンテナだ。
「デートじゃありません仕事のお供です。あと再生くんて呼ぶの、やめてもらえません?」
「だって、再生くんのおかげで福留のおじいちゃんの件、見事に再生したじゃない。今日もあれでしょ。林さんと行くの、福留さんとこでしょ?」
「そうですけど、福留さんが持ち直したのは、マスターのおかげで……」
 ゴホンゴホン。カウンターの向こうから余計なことは言うなとばかりに須崎さんが咳払いをする。話題にされたくないのだ。

「なになに? マスター?」
 詳しい事情を知らない前島さんが隣の席から身を乗り出す。悪い人じゃないんだが、この噂アンテナに引っ掛かりたくはない。何より話に尾ひれがついて大げさなことにでもなったら、須崎さんが困る。
「マスターの淹れるコーヒーのおかげで、福留さんも毎日元気が出るらしいですよ」
 上手くしらばっくれる。と言っても嘘ではなく事実のひとつだ。福留さんが気力を取り戻したきっかけは、まさにこのサ店なんだから。
「へぇぇぇ? そうなの」
「そうなんです」
 前島さんは納得したようなしていないような顔つきだ。ちょっと面倒くさい。

 そこへ。
「大川君、遅くなってごめんねぇ」
 カランカランカラン。林さんがサテンのドアベルを大きめに揺らして入ってきた。
「出掛ける前に急用が入っちゃってぇ。でも大川君の携帯鳴らしたんだけどなぁ」
「え、本当ですか?」
 仕事用の携帯電話を鞄から取り出す。あ、充電が切れていた。
「携帯はいつでも見られるようにしておいてぇ」
「すいません、でも今日林さんに言われなきゃ外出する予定なかったんで」
「だって、大川君と一緒の方が福留さん喋ってくれるんだものぉ」

 林さんに席を譲り、元のテーブルへと戻った前島さんが、やっぱりと嬉しそうな顔をした。
「二人とも、福留のおじいちゃんのところへ行くのね」
「あ、前島さん。こんにちわぁ」