「ちっ……また被った」
 隣席から悪意のこもった舌打ちが飛んできて、思わず首を竦める。当たったら痛そうだからだ。

 昼休憩でみんな昼メシに出ているので、室内は人もまばらだ。
 市役所内の職員食堂は、安くて旨いと一般住民からの評判も良く、職員たちの午後モチベにも一役買っている。らしいが、俺は旨いメシに大して興味はないので、何がどう旨いのかは説明出来ない。
 いつもは、その職員食堂で一番旨い(らしい)数量限定の日替わり定食を食べに競歩の勢いで出て行くのに、今日は通勤バッグの中からごそごそとコンビニおにぎりと野菜ジュース、そして銀色の小さな袋を取り出し──食事には目もくれず袋の端を慎重にハサミで開け、中に入っていたカードを見て、冒頭の舌打ちをしたのは森本さんだ。

「大川君、ハイパースピーク髑髏坂源内のトレーディングカード欲しいですか?」
「要りま……欲しいです」
「はいどうぞ」
 家に持ち帰って、マンガのしおりにでもするか。丁寧に開封された袋にトレカを戻しながら……あっざすと小声で付け加えた。

 他に喋る同僚もいないので、そのまま何となく机に向かい、隣の森本さんとコンビニランチになった。
「大川君は職員食堂へは行かないのですか?」
「並ぶのが嫌で。腹に入れば何でもいいですし」
「外出の用事がある時などは、課長に一言伝えておけば、早めに昼食をとってもかまいませんので、並ぶ前に行ってみるといいです」
「分かりました。明日の午前中は柘植の木団地なので、早めに戻れたら行ってみます」
「柘植の木団地ですかそうですか」
 森本さんの銀縁眼鏡がキラリと光った。そう言えば、森本さんの銀縁眼鏡の奥はいつもエフェクトがかかっていて見えないが、一体どういうシステムなんだろうか。聞いたことはもちろんない。だって怖いし。

 銀縁眼鏡をカチッと上げるのは、森本さんが何か企んで……いや、考えている時の合図だ。さっさとコンビニ飯を食べ終わった森本さんは、自分のパソコンを立ち上げ、部署で共有しているスケジュールアプリを開いている。
「なるほどなるほど。大川君、明日の柘植の木団地には私も同行します」
「いや管理事務所に行くだけなので、俺一人でもじゅうぶ……」
「同行します」
「はい、お願いします」

 サ店に行きたいんだな、森本さん。俺は心の中で呟いた。

 柘植の木団地再生計画が軌道に乗っているかと言えば、そんなことは全然ない。