分からない。なんでみんな、そんなに他人のことを気にするんだろう。福留さんも、須崎さんも、あの喫茶店の常連達も、福祉課の林さんだってそうだ。所詮は赤の他人、たかが親切のやりとりをしたところで、報酬が出るわけでも払うわけでもあるまいし。
 福留さんのために何かをするにしたって、仕事の範囲内で十分なはずだ。やるだけのことはやってるんだし、俺が気にすることじゃない。そう、気にすることじゃないんだ。

「大川君、大川君」

 ボールペンをノックさせながら日報を書いていると、背後から急に肩を叩かれた。
「苛々しているようですが、大丈夫ですか?」
 振り返って見れば、森本さんの銀縁眼鏡がキラリと光っている。
「大川君、苛々する時はいつもボールペンをカチャカチャとノックしていますね。耳障りです」
「あ、すいません」
「福留さんとの面会はかなわなかったと林さんからメールがきていました。その件ですか?」
「そうと言えばそうですし、違うと言えば違うような」
「煮え切らないですね。一度や二度と会えなかったところで大した問題ではありません。仕方ない、アイドルファンタジー最新シリーズのフィギュアを差し上げましょう。最新シリーズですよ?」
「はぁ……ありがとうございます」

 俺の手にガサッとコンビニの袋が手渡された。おそらくキャラクターくじで引いて出たのが、もうすでに持ってるやつだったんだろうな。森本さんは意気揚々といった感じで自分の席へと戻って行った。
 持て余すそのコンビニの袋の中身を見ながら、これが森本さんなりの励ましなんだということに気がついた。──森本さんも他人である俺を心配してくれているということか。

 須崎さんは、何を聞こうというのだろう。福留さんの住む団地に喫茶店を出したというだけの縁で、何をそれ以上踏み込もうというんだ。
 俺には、さっぱり理解が出来ない。再び無意識の内にボールペンをカチャカチャやり出して……銀縁眼鏡の森本さんにじろっと睨まれた。

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 あれから数日経ったが、須崎さんから特に連絡はない。福祉課の林さんに近況を聞いたが、福留さんに再度アタックしてみるも、相変わらず居留守を使われているもようだ。

 頑なな人はそっとしておけばいいんじゃないの、と思っていたはずなのに、俺は妙にざわついた気持ちになる。
 このまま俺一人何もしないままでいいんだろうか。いや別にいいでしょそれの何が悪い。
 なんて自問自答しつつ、インテリアメーカーと共同で空き部屋をリフォームするための打ち合わせをしに、課長に同行して団地へと向かった。