「これは、バラコと言いましてフィリピンのコーヒーです。日本ではほとんど流通していないので、僕の昔のツテを使って直接フィリピンの農場から買い付けています。そうたくさんは買えないので正直言って割高ですが」
「そんなに珍しいコーヒーなんですか?」

 水を向けると、須崎さんはなんだか別人のようにハキハキと話し始めた。
「フィリピン国内ではそんなに珍しいコーヒーではないんです。ただコーヒーの天敵であるさび病に弱いという難点があります。コーヒー豆を主に作っているのはいわゆる発展途上国が多いのですが、売れるコーヒーを作るには、病気に強いと言われるアラビカ種、ロブスタ種と呼ばれる種類を……あ、すみません。夢中になってベラベラと」

 途中まで楽しげにコーヒーの話をしていた須崎さんは、ハッと我に返ったように言葉を切ると、顔を真っ赤にして俺に謝った。いや別にコーヒーの話を聞くぐらいの時間はあるし、普通に興味深い。なんで止めちゃうんだろう。

「いえそんなことないですよ。話、続けて下さい。俺がお願いしたんですし」
「や、もう止めておきます。大川さんの迷惑も顧みずすみませんでした」
 須崎さんは顔を赤くしたまま、口を噤んでしまった。トレイに乗せた食器を片付けようと厨房へ向かってしまう。あ、ちょっと。まだ福留さんの話が聞けていない。

「マスター、待って下さい」
 俺は席を立ち上がり、須崎さんを呼び止めた。
「迷惑なんかじゃないですよ。面白かったです、コーヒーの話」

 須崎さんは厨房へ行く足を止め、俺に背中を向けたままもう一度トレイをカウンターに置いた。
「話下手なくせに、話し始めると止まらなくて。お恥ずかしい」

 あ、もしかして。それが……いつもは口下手な理由?
 俺には須崎さんがそれを恥ずかしいと思う理由は分からない。思ったことはすぐ口に出してしまうタチで、「イケメンだしお金もあるのにそういうところが残念すぎる」と何度か女の子にも言われたことがある。別に女の子に嫌われたところで気にしてはいない。彼女とか結婚とか今のところ興味はないし。
 だが須崎さんはそれを良しとはしていないらしい。まぁ須崎さんの自由なので俺がどうこう言うことでもないが、福留さんの様子だけでも教えてもらえれば林さんに報告が出来るので、今日の来訪が無駄足じゃなくなるんだよな。俺は、もう少し須崎さんから話を引き出せればと口を開いた。

「俺なんかいつも上司や先輩に、もう少しよく考えてからものを言えと言われますが、気にしたことなかったです」