「興味を持ってもらえて嬉しいです」

 カウンター越しに須崎さんと言葉を交わす。言葉数は少ないが近寄り難いというわけでもない。無愛想とも違った。シェフを辞めて喫茶店のマスターに転身した理由が見えてこない。

 一人いた客が金を置いて店を出て行った。と、少ししてからドアが再びゆっくりと開いた。須崎さんはそちらにちらりと視線を遣ると、出来上がった俺のコーヒーを急いでカップに注ぐ。
「ミルクと砂糖はご自由にお使い下さい」
 ことり、と俺の前に置かれたコーヒーは小さく波打っている。俺はミルクを入れようかどうか迷って──再びドアの方へと目を動かした。

 ドアから入ってきたのは杖をついたおじいさんだった。片足を少し不自由そうに引きずっている。マスターは何も言わずにカウンターから出ておじいさんの元へ近寄り、さりげなく近くのテーブルまでフォローした。椅子を引き、座りやすいように手を貸し、杖を脇に立て掛ける。
 おじいさんは何も言わずに小さく頷くと、そのまま目を閉じてしまった。このおじいさんも、何度かもうこの店に来ているんだろう。

 須崎さんも分かったように無言でカウンターに戻る。今度はサイフォンではなく、三角の漉し器のようなものを取り出した。次に棚の上にいくつも並んでいるコーヒー粉の缶からひとつを選び、蓋を開けた。
 香りを確認するような仕草をしたあと、濃し器にそのコーヒーの粉を計って入れる。注ぎ口の長いポットみたいやなつからお湯を少しだけ注いだ。何かを確認するように粉を見つめて、うん、と小さく頷くと、今度は円を描くようにお湯を回し入れ始めた。
 濃し器から落ちていく液体がサーバーに溜まっていく。かなり濃い色だ。俺は自分のコーヒーを飲みながら(結局ミルクは入れなかった)、再び須崎さんの手元を観察した。
 サイフォンで淹れるのと今度の漉し器のやつ、何が違うんだろう。コーヒーの種類によって淹れ方を変えているのか。俺の知ってる数少ない飲食店ではまず見かけない光景だ。

 サーバーに溜まった黒い液体をカップに注ぐと、須崎さんはさっきのおじいさんのテーブルへとそれを運んだ。なるほどこのおじいさんはこのコーヒー、と決まっているんだな。俺は、カウンターに対して身体を少し斜めにし、チラチラとそちらの様子を伺った。

 須崎さんは何事もなかったかのようにカウンターの中へ戻り、器具を片付け始めている。ほどなくして厨房の方から、カチャカチャと洗い物の音が聞こえ出した。