夏休み中の節約昼食の種類は徐々に増えていった。卵かけごはん。そうめん。レトルトカレー。夕食は母が作ってくれるから栄養バランスはとれている。多分。
筋トレも続けていた。身体つきはそんなに変わらず細いままだけど、練習の時に声を出しやすくなってきた。
宿題も終わらせることができて、僕はフェスの予習に没頭した。
――僕の初めてのライブ体験。スマホの画面で観るよりも、何倍も興奮できるんだろうな。
心配なのは天気だった。多少の雨なら開催するようだが、台風がこないかどうか。僕は天気予報のアプリとにらめっこをするようになった。
お盆期間中、午前に音楽室が使える日があったのだが、静人は帰省、大我は旅行で来れなかったので、僕は一人で陽希のドラム練習を見守った。
「……ふぅ。遠雷のフィルイン、ようやくカッコつくようになってきた」
「陽希、前も聞いたかもしれないけど、フィルインって何?」
「ああ、ドラムのキメの部分だよ。遠雷で言うと、タタッターツタッターン! のとこ」
「ちょっと変化がある部分ってこと?」
「そうそれ」
陽希の前髪はずいぶん伸びており、ちょんまげのようにヘアゴムで束ねていた。広く形のいい額が丸見えだ。
「千歳、お昼どうする? 二人で何か食べる?」
「そうだね。最近節約メニューばっかりで飽きてきたし……ちょっとはいいもの食べたいな」
「じゃあ、いいとこ連れて行ってやる」
二人で音楽室の施錠をして鍵を返し、ミナコーを出た。陽希の前髪はちょんまげのままだ。本人はおろすのを忘れているのかどうなのか。その状態も似合っているので何も言わないことにした。それよりも気になるのは、どこへ案内してくれるかだ。
「千歳、電車、帰るのと反対側な。新しい店ができたってネットで見たんだよ」
陽希は二駅行ったところで降りた。僕は陽希の半歩後ろをちょこちょこと着いていった。到着したのは、複数の飲食店が入ったビルだった。
「ここの六階。さっ、行こう」
僕はエレベーター内に書かれていた店舗名を見た。六階は「スイーツオアシス」。
「えっ、スイーツ?」
「そう! スイーツビュッフェ! 千歳、甘いもの好きだろ?」
「まあ、そうだけど……」
エレベーターを降りると、パステルピンクの看板の前に女の子たちが並んでいた。陽希が言った。
「へへっ、実は予約してるんだ。だから並ばなくても大丈夫」
「なんか……僕たち場違いじゃない? 女の子ばっかり。入りにくいよ」
「あっ、ごめん……そこまで考えてなかった」
たちまち眉を下げてしまった陽希。僕は慌ててこう言った。
「え、えっと、僕が甘いもの好きだからって考えて予約してくれたんでしょ? 僕のこと、陽希なりに考えてくれてたってわけでしょ? だから……それは嬉しいよ?」
「なんか……空回りしてんな、俺。これじゃガキの頃と変わんねぇし」
「僕、食べ放題は好き。いいよ、入ろう?」
僕はずん、と足を踏み出した。入ってしまえば何とかなると思ったのだ。そのままの勢いで店員に話しかけた。
「すみませーん、予約してるんですけど!」
「あっ、千歳、スマホの画面見せなきゃダメだから!」
そして、通されたのは、奥の方の席だった。スイーツを取りに行くには遠いが、目立たない場所なので助かった。
「さーて陽希、たくさん食べよう!」
「……うん!」
スイーツビュッフェなんて生まれて初めてだ。ここにあるもの全てを好きなだけ食べてもいいなんて贅沢だ。ずらりと並んだケーキを僕は片っ端から皿に入れていった。
「……千歳、欲張りすぎ。っていうか不器用だなぁ」
「えっ?」
皿のフチのギリギリまでケーキを敷き詰めたので、ショートケーキに隣のチョコケーキのクリームがついてぐちゃぐちゃになっていた。
「お腹に入れば一緒だもん!」
「かわ……何でもない。まあ、そうだよな、うん」
席に戻り、ケーキを頬張っていく。普段そんなに食べない僕だが、食べ放題となると食い意地が張ってしまう。元を取りたい、というやつだ。
「千歳は美味しそうに食べるなぁ」
「だって美味しいんだもん。苺ムース、甘酸っぱくてよかったな……もう一個取ってこようっと」
二週目、僕はまたケーキを取ったが、陽希はパスタにした。時間制限もあるし、と無言で食べることに熱中してしまった。
アイスも見つけたので、全種類少しずつ頂いた。陽希はのんびりとアイスコーヒーをストローですすった。
「もう、千歳。ほっぺたにアイスついてる」
にゅっと陽希の手が伸びてきて、僕の頬をぬぐった。そして、陽希はその手をぺろりと舐めた。
「ちょっ、陽希! 何してるんだよ!」
「ああ……なんかつい」
「まあ、いいけどさぁ」
お腹はもうパンパン。一滴の水も入りそうにない。僕は椅子の背もたれに背中を預けた。
「はぁ……美味しかった。ありがとう、陽希」
「どういたしまして。今度は勝手に予約しないで、ちゃんと千歳に聞いてからにするな?」
「うん、そうして」
会計の時、陽希がおごると言い出したが、自分のお代はキッチリ払った。
「僕たちは対等でしょ」
「こだわるなぁ、そこ」
痛い出費ではあったが、多分元は取れたのでよしとする。
筋トレも続けていた。身体つきはそんなに変わらず細いままだけど、練習の時に声を出しやすくなってきた。
宿題も終わらせることができて、僕はフェスの予習に没頭した。
――僕の初めてのライブ体験。スマホの画面で観るよりも、何倍も興奮できるんだろうな。
心配なのは天気だった。多少の雨なら開催するようだが、台風がこないかどうか。僕は天気予報のアプリとにらめっこをするようになった。
お盆期間中、午前に音楽室が使える日があったのだが、静人は帰省、大我は旅行で来れなかったので、僕は一人で陽希のドラム練習を見守った。
「……ふぅ。遠雷のフィルイン、ようやくカッコつくようになってきた」
「陽希、前も聞いたかもしれないけど、フィルインって何?」
「ああ、ドラムのキメの部分だよ。遠雷で言うと、タタッターツタッターン! のとこ」
「ちょっと変化がある部分ってこと?」
「そうそれ」
陽希の前髪はずいぶん伸びており、ちょんまげのようにヘアゴムで束ねていた。広く形のいい額が丸見えだ。
「千歳、お昼どうする? 二人で何か食べる?」
「そうだね。最近節約メニューばっかりで飽きてきたし……ちょっとはいいもの食べたいな」
「じゃあ、いいとこ連れて行ってやる」
二人で音楽室の施錠をして鍵を返し、ミナコーを出た。陽希の前髪はちょんまげのままだ。本人はおろすのを忘れているのかどうなのか。その状態も似合っているので何も言わないことにした。それよりも気になるのは、どこへ案内してくれるかだ。
「千歳、電車、帰るのと反対側な。新しい店ができたってネットで見たんだよ」
陽希は二駅行ったところで降りた。僕は陽希の半歩後ろをちょこちょこと着いていった。到着したのは、複数の飲食店が入ったビルだった。
「ここの六階。さっ、行こう」
僕はエレベーター内に書かれていた店舗名を見た。六階は「スイーツオアシス」。
「えっ、スイーツ?」
「そう! スイーツビュッフェ! 千歳、甘いもの好きだろ?」
「まあ、そうだけど……」
エレベーターを降りると、パステルピンクの看板の前に女の子たちが並んでいた。陽希が言った。
「へへっ、実は予約してるんだ。だから並ばなくても大丈夫」
「なんか……僕たち場違いじゃない? 女の子ばっかり。入りにくいよ」
「あっ、ごめん……そこまで考えてなかった」
たちまち眉を下げてしまった陽希。僕は慌ててこう言った。
「え、えっと、僕が甘いもの好きだからって考えて予約してくれたんでしょ? 僕のこと、陽希なりに考えてくれてたってわけでしょ? だから……それは嬉しいよ?」
「なんか……空回りしてんな、俺。これじゃガキの頃と変わんねぇし」
「僕、食べ放題は好き。いいよ、入ろう?」
僕はずん、と足を踏み出した。入ってしまえば何とかなると思ったのだ。そのままの勢いで店員に話しかけた。
「すみませーん、予約してるんですけど!」
「あっ、千歳、スマホの画面見せなきゃダメだから!」
そして、通されたのは、奥の方の席だった。スイーツを取りに行くには遠いが、目立たない場所なので助かった。
「さーて陽希、たくさん食べよう!」
「……うん!」
スイーツビュッフェなんて生まれて初めてだ。ここにあるもの全てを好きなだけ食べてもいいなんて贅沢だ。ずらりと並んだケーキを僕は片っ端から皿に入れていった。
「……千歳、欲張りすぎ。っていうか不器用だなぁ」
「えっ?」
皿のフチのギリギリまでケーキを敷き詰めたので、ショートケーキに隣のチョコケーキのクリームがついてぐちゃぐちゃになっていた。
「お腹に入れば一緒だもん!」
「かわ……何でもない。まあ、そうだよな、うん」
席に戻り、ケーキを頬張っていく。普段そんなに食べない僕だが、食べ放題となると食い意地が張ってしまう。元を取りたい、というやつだ。
「千歳は美味しそうに食べるなぁ」
「だって美味しいんだもん。苺ムース、甘酸っぱくてよかったな……もう一個取ってこようっと」
二週目、僕はまたケーキを取ったが、陽希はパスタにした。時間制限もあるし、と無言で食べることに熱中してしまった。
アイスも見つけたので、全種類少しずつ頂いた。陽希はのんびりとアイスコーヒーをストローですすった。
「もう、千歳。ほっぺたにアイスついてる」
にゅっと陽希の手が伸びてきて、僕の頬をぬぐった。そして、陽希はその手をぺろりと舐めた。
「ちょっ、陽希! 何してるんだよ!」
「ああ……なんかつい」
「まあ、いいけどさぁ」
お腹はもうパンパン。一滴の水も入りそうにない。僕は椅子の背もたれに背中を預けた。
「はぁ……美味しかった。ありがとう、陽希」
「どういたしまして。今度は勝手に予約しないで、ちゃんと千歳に聞いてからにするな?」
「うん、そうして」
会計の時、陽希がおごると言い出したが、自分のお代はキッチリ払った。
「僕たちは対等でしょ」
「こだわるなぁ、そこ」
痛い出費ではあったが、多分元は取れたのでよしとする。