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 三十六歳の京太郎にとって、初めての赤ん坊だった。
 レイニーの手を借りて彼女を育てた。
 雨衣華は順調に育った。

「彼女のすべてを見ることができる」
 彼は喜んでいた。泣きわめくのもハイハイするのも、初めて立ち上がるのも、すべてが彼の喜びとなった。

 幼い雨衣華は外に出てはいけないと教育された。事故の記憶のせいで、京太郎は過保護になっていた。

 レイニーはメイド服を着て、子守り兼お目付け役として常に雨衣華についてまわった。

 お母さん狐と子狐の絵本を読んであげると、雨衣華はレイニーに聞いた。
「レイニーは私のお母さんなの?」
「お母さんではありません」

「私のお母さんはどこにいるの?」
「存じません。データにありません」

「お外にいるのかしら」
「外にはいませんよ」

「確かめてみたい」
「危険ですから、出てはいけません」
 レイニーは京太郎に教えられたとおりに彼女に教えた。

 だがある日、京太郎とレイニーの隙をついて彼女は外に出てしまった。五歳のときだった。

 そして、山に遊びに来ていた男の子と知り合った。
 幼い彼女は初めて見るよその子供に驚き、一緒に遊ぶ楽しさを知った。

 レイニーと遊ぶのとは違う、別の楽しさがあった。
 それを抑えきれず、彼女は京太郎に話した。

「私、その子のこと好きだわ!」
 そう言って彼女はくすくすと笑った。
 京太郎の顔からは血の気が引いていた。



 レイニーが呼ばれたのは夜半のことだった。

 幼い雨衣華の部屋が赤く染まっていた。
 その中心で、彼女は目を見開いて倒れていた。

「失敗だ。片付けておけ」
 赤い雫がしたたる包丁を手に、京太郎が言った。

 レイニーは粛々と片付けた。

 これが罪であると知っている。だが、彼女には京太郎の命令がすべてだった。

 裏庭に死体を埋めて、墓標となる石を置いた。

 後日、紫陽花を植えた。京太郎と雨衣華の出会いが雨の中だと知っていたから。