しとしとと雨が降る日のことだった。
 六月、木々の緑はすでに濃い。天からの雫は静かに葉を揺らし、こぼれた。

 山深くの屋敷には白いカッパを来た何人もの男女が往来していた。その背には山梨県警の文字が入っている。

 彼らは咲き誇る紫陽花には目もくれず、淡々と課された仕事をこなした。

「嫌になりますね、この雨」
 忍野心春(おしのこはる)がぼそっとつぶやいた。

 刑事になってから一年。二十九歳にしていろいろな事件に遭遇したが、死体が見つかったと聞くとやはり気が滅入る。それが自分と同年代の女性なら、なおさらだ。

 加えて、こんな天気と足場だ。

 梅雨の時期でもあり、湿度が高い。いくら山奥で気温が低くても、じっとりとした不快さは拭いきれなかった。パンツスーツに泥が跳ねるのも地味に嫌だ。

「事件は天気を選んでくれないからな」
 川口和俊(かわぐちかずとし)が答える。五十をとうに過ぎている彼は、刑事としての経験も豊富だ。

「そうですけどね」
 天気どころか、時間も場所も選んではくれない。

 心春はため息をついて顔を上げる。
 一緒に揺れた傘からぽとぽとと雫が垂れた。

 少し離れたところに一人の若者が居て、別の刑事に御遺体を見つけたときの状況をまくして立てていた。

 廃墟系ユーチューバーだった。

 彼は衛星から地上の画像を見られるネットサービスを使い、廃墟を探した。それでこの建物に目を付け、入り込んだ。

 そこで、彼は見つけた。
 女の死体だった。
 彼はすぐに警察に通報した。

 これで俺も有名になれる。再生数がどれだけ伸びるかな。
 そう思っているのが興奮した口調からもわかった。

「彼はいいことしたとでも思ってるんですかね。普通に住居侵入罪ですけど」

「そう言うなって。おかげで発覚したんだ」
 なだめるように和俊が言う。

 現場はさきほど、心春も見て来た。