「なあ、蓮見(はすみ)って男友達としたことある?」

 放課後、クラスの友人ユミの部屋。手にはゲームのコントローラー。机の上にはポテトチップスとチョコと炭酸飲料。
 俺たちのいつもの日常、いつもの空間。そして、いつもと同じ、言葉足らずな問いかけ。

 だけど男子高校生なんてみんなそんなもん。俺たちには主語や目的語は重要じゃない。
 文法なんてものは、受験の時にテスト用紙に全部置いてきた。
 5W1H? いちいち考えながら喋らない。だから、わかんなかったら聞くだけ。

「なにを?」

 ゲーム対戦なら今してる。
 ホントのタイマン? それはもう不良漫画の中だけ。
 勉強……はまあ、それなりにやってるかな。

 あとは……。
 
 俺が「したことがあること」というと、改めて聞かれるとパッと答えられない。予想されうる答えを探したものの、俺の脳内キャパシティから出たのはそれくらいで、ゲームのコントローラーを忙しく操作しながらユミの言葉を待った。

 すると、衝撃の疑問文が発せられた。

「蓮見は男友達とキス、したこと、ある?」
「…………は?」   

 おそるおそるユミの顔を見る。手に持っていたコントローラーは、ガコンッと音を立ててフローリングに落ちた。

「あ、おい、やんないの? 俺勝っちゃうけど。……ょしっ! ウィン!」

 俺の驚愕をよそに、ユミはいつもの勝ち気な表情でゲームをクリアして、リモコンを置いて俺を見る。

「……うわ、蓮見、ブサッ。口開いて馬鹿面してんじゃん。どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもない! ユミ、今、自分がなんて言ったかわかってるか?」

 ユミは形が整った眉を軽く寄せてから、思い出したように言った。

「ああ、キス?」
「ああ、キス?」 

 ユミのあっけらかんとした表情、軽い言い方を真似てみる。

「じゃねーよ!」

 それから、お笑い芸人みたいな突っ込みをしてしまう俺。 

「ユミ、頭大丈夫か? 寝ぼけてんのかよ」

 俺はユミの肩に両手を置いて、緩く揺すった。

 ユミこと、堀内弓人(ほりうちゆみと)は、高校に入って一番最初にできた友達だ。

 俺たちが通う大学附属校は、小中高まで男子だけのエスカレーター式で、小学校からの「上がり」が特権意識みたいなのを持っている。
 たから高校から入学した数少ない俺たち「新顔」は「上がり」に距離を置かれがちなのだけれど、ユミは「上がり」で既に大勢の友達がいるのに、入学式後の移動のときに、俺に気さくに話しかけてくれた。