夏の終わりを告げるひぐらしの声にどこか寂しさを覚えた。二十四歳になる田辺 蛍と井浦 市太郎は川面のせせらぎに耳を傾けコオロギが飛び跳ねる河川敷を手を繋いで歩いていた。 蛍 の左手の薬指にはプラチナの指輪が光を弾き、市太郎の右手には大玉西瓜がぶら下がっていた。
「うわ、ここ懐かしいね」
「そうだね」
「市太郎はいつもここで本を読んでいたね」
「田辺さんは川に小石を落としていたよ」
往来の少ない橋の傍にはコンクリートの堤防に降りる階段があり、階段の先には避暑に相応しい空間があった。六年前、高等学校三年生の 蛍 と市太郎は川に面したこの場所で夏の時間を過ごした。
「そうだ!市太郎、田辺さんじゃなくて名前で呼んでよ!」
「ごめんごめん、そうだったね」
「はい、どうぞ!」
「ほ・・・ほた・・・ほた」
「純粋か!」
照れ臭さで見上げた空には宵の明星、金星が瞬いていた。
「蛍ちゃん。一番星だよ」
市太郎は夕暮れ空を仰ぎ指をさした。
「なんだ、ちゃんと呼べるじゃない」
「うん、そうだね」
「はい、もう一度!」
「ほ・・・ほた、ほた」
「純粋か!」
コンクリートの階段を登ると橙色の夕陽が川の下流に雫を垂らし、空は濃紺のグラデーションで彩られていた。
「綺麗だね」
「綺麗だね」
「西瓜、重くない?」
「大丈夫」
「持とうか?」
「大丈夫」
蛍 にそう答えてみたものの急勾配に市太郎の息は上がり大玉西瓜は鉛の様に重かった。
「あ〜着いた!市太郎、頑張ったね!」
「やっぱり重かった」
「でしょう?」
そこには灯台躑躅の垣根、幹の太い泰山木の樹が黒瓦の小屋根に覆い被さる和風家屋、門には田辺の表札があった。
「お母さ〜ん!ただいま!」
蛍 が玄関の三和土でパンプスを脱ぎながら声を掛けると白い割烹着の母親が台所から顔を出した。
「あらぁ!早かったね!市太郎くんのお仕事早く終わったの?」
「うん!そうみたい!」
「そうみたいってあなたはいつもいい加減ねぇ。市太郎くんいらっしゃい」
「お義母さんこんばんは。ご無沙汰しています。どうぞこれ、召し上がって下さい」
市太郎の手のひらには大玉西瓜の重みでナイロン紐の痕が付いていた。
「あらぁ、重かったでしょう。ありがとう、ささ、入って入って」
市太郎が玄関先で革靴を揃えていると背後でやや機嫌の悪そうな咳払いがした。振り向くとそこには 蛍 の父親が仁王立ちしていた。
「お義父さんこんばんは、ご無沙汰しています」
「おう」
「お邪魔します」
「おう」
廊下に立ち塞がった父親は微動だにせずその場所を退く気配はなかった。
「あらぁ、お父さん!そんな子どもみたいな意地悪しないの!」
「意地悪なんかしとらん!」
「はいはい、市太郎くん、お父さんの事は気にしないで入って、入って」
「はい、お邪魔します」
茶の間のテーブルには茹で上がったばかりの枝豆やとうもろこし、胡瓜の酢の物、炭火で炙った焼き鳥の香ばしい匂いが漂っていた。
「市太郎くん、冷たいお素麺と冷や麦どっちが好きかしら?」
「ありがとうございます、では素麺でお願いします」
「まだだ!麺はまだだ!」
父親は不貞腐れた声色で冷蔵庫のドアを閉めた。
「ほれ!」
「あ、はい」
瓶ビールとグラスを二つ準備した父親が市太郎の前で胡座を組んだ。眉間にシワを寄せ口元はへの字だがどうやら晩酌に付き合えと言っているらしい。市太郎が瓶ビールに手を伸ばすと「俺がやる」と言って栓抜きを握った。
「本当に素直じゃないわよねぇ」
「お父さん怒ってるの?」
「市太郎くんが来ると嬉しいみたいよ?」
「あれで?」
「あれで」
「結納も済んであとはお式だけなんだからいい加減諦めれば良いのに」
「諦めるって何を?」
「あなたがお嫁に行くのが寂しいのよ」
父親は手塩にかけて育てた一人娘を嫁に出す寂しさですっかり臍を曲げていた。
「あ、そうだ!お母さん、アルバムなんだけど何冊か持って行って良い?」
「良いわよ、好きなだけ持って行きなさい」
「じゃあ選ぶね」
「はいはい、どうぞ」
蛍 は豚の蚊取り線香が煙を燻らす縁側でアルバムを広げページをめくった。二冊、三冊と過去に遡れば懐かしい思い出が泉の様に湧き出でた。
「うっわ、なにこれ可愛い!」
「自分で自分を可愛いとか聞いて呆れるわ」
「ちょっ、市太郎!見て!可愛いでしょ!?」
そこには生後百日お宮参りの真っ白な産衣に包まれた 蛍 が写っていた。
「可愛いですね」
市太郎は銀縁眼鏡を上げてその写真を繁々と見た。
「ね、可愛いでしょ!子どもが生まれたら絶対可愛いよ!」
父親はグラスに注いだビールで喉を詰まらせ咽込んだ。
「なに、どうしたのお父さん」
「なんでもない!」
そしてお宮参りの 蛍 を抱く母親は溌剌とし、隣に立つ背広姿の父親の髪は黒々と豊かだった。
「うっわ、なにこれ若い!」
「二十四年も前なんだから当たり前よ」
「ちょっ、市太郎!見て!お父さん、市太郎に似てる!」
確かに似ているかもしれないと市太郎は頷いた。 蛍 は無意識のうちに父親と似た男性を伴侶に選んでいた。
「あ、なにこれ」
五冊目の古びたアルバムには高等学校の制服を着た母親と私服の父親の写真が貼られていた。
「うっわ、なにこれ更に若い!」
「そりゃそうよ、高校三年生の夏休みだもの」
「ちょっ、市太郎!見て!お母さんと私そっくりなんですけど!?」
市太郎は 蛍 と義母の顔を交互に見て少し微妙な面持ちになった。
「なにその顔、私の行く末を見ちゃった感じ!?」
「いや、そういう訳ではなく」
「信じられない!」
「違うよ、ちょっと驚いだたけだよ」
「もう!離婚よ離婚!」
父親はグラスに注いだビールで喉を詰まらせ咽込んだ。
「なに、お父さん」
「なんでもない!」
蛍 と市太郎が賑やかしくする傍らでアルバムを眺める母親は目を細めた。
「お母さん笑ってる!なにそれ意味深!」
「あら、笑ってた?」
「それにこの写真なんだか変じゃない?」
「なにが」
「これ、誰が撮ったの?」
確かにカメラのレンズは若き日の両親を写しているが被写体までかなりの距離があった。
「セルフタイマーで撮ったのよ」
「あ〜、だから何気にお母さんはカメラ目線なのね」
「そうかしら」
「ほっぺた隠しちゃったりして、あざと可愛い!」
「何とでも言って頂戴」
団扇をあおいでいた父親がおもむろに立ち上がると 蛍 の横で胡座をかいた。
「あぁ、これな」
「お父さんこの時の事、覚えてるの?」
「この時、母さんに告白されたんだ」
「・・・・えっ!?」
「や、やだ!お父さんったら市太郎くんの前で恥ずかしいじゃない!」
確かに写真の父親は顔を赤らめ慌てふためいていた。
「お母さんって意外と積極的」
「だっていつになっても何も言わないんだもの」
「そうなんだ」
「だから思い切って告白しちゃった」
「お父さんその時なんて答えたの?」
父親は「もう何も喋るな」と咳払いをした。
「お母さんが告白したあの日があるから 蛍 が生まれたのよ?」
「な、生々しい話はしないでよ!」
「だって本当の事じゃない」
「そうだけど!」
「あの日があるから今日があるのよ」
その会話を聞いていた父親が「そうだな、そうかもしれんな」とやや寂しげに呟いた。蛍 はその写真が貼られたアルバムはこの家に残す事にし書斎の戸棚に戻して扉を閉めた。茶の間に戻ると市太郎が畳に手を突き頭を深々と下げていた。父親はその肩を何度も叩きながら「娘の事は頼んだぞ、頼んだぞ」と涙を浮かべていた。
「あれ、どうしたの?」
「お父さん、やっと覚悟が出来たみたいよ?」
「覚悟?」
「あなたを市太郎くんにお任せしますって」
「今更?」
「今更」
やがてテーブルには瑞々しい梨が並び市太郎と父親は無言でそれをシャリシャリと食べ始めた。蛍 と母親は縁側の庭でろうそくに火を灯した。
「花火なんて久しぶり」
「あなたが子どもの頃はこうして遊んだわね」
「うん」
二人の指先には線香花火が牡丹の花を咲かせていた。
「お母さんがお父さんに告白したあの日があるから今日の日があるのかぁ」
「そうね」
「二人が結婚していなかったら私は生まれていないんだよね」
「人と人の縁って不思議よね」
「うん、不思議だね」
「そのうち 蛍 もこの日の事を子どもたちに話す日が来るかもしれないわね」
花火はやがて松葉の眩い光となってちり菊の様に萎んでいった。
「今日の日がまたあの日になるのよ」
「そうだね」
線香花火は蕾み砂利の上にホロリと落ちた。
「 蛍 、幸せになりなさいね」
「うん」
母親は二本目の線香花火に火を着けた。
「綺麗ね、線香花火って彼岸花みたいね」
「彼岸花ってどんな花だっけ?」
「秋になったら川沿いの土手に背の高い真っ赤な花が沢山咲くでしょう?」
「あぁ、あれ」
「九月のお彼岸の頃に咲くから彼岸花と言うのよ」
「なるほど」
蛍 ももう一本の線香花火を持った。
「九月かぁ、結婚式だね。何だか緊張するなぁ」
「泣くわよお父さん」
「だよね」
微笑みながら茶の間を向くと座布団を枕にいびきをかく父親と腕組みをして壁に寄り掛かって眠る市太郎がいた。その姿を眺めた 蛍 と母親は顔を見合わせて頷いた。
「これもまたあの日になるのかぁ」
「そうね」
風鈴の舌がクルクルと回り夏の終わりの湿った夜風が吹き抜けた。
「うわ、ここ懐かしいね」
「そうだね」
「市太郎はいつもここで本を読んでいたね」
「田辺さんは川に小石を落としていたよ」
往来の少ない橋の傍にはコンクリートの堤防に降りる階段があり、階段の先には避暑に相応しい空間があった。六年前、高等学校三年生の 蛍 と市太郎は川に面したこの場所で夏の時間を過ごした。
「そうだ!市太郎、田辺さんじゃなくて名前で呼んでよ!」
「ごめんごめん、そうだったね」
「はい、どうぞ!」
「ほ・・・ほた・・・ほた」
「純粋か!」
照れ臭さで見上げた空には宵の明星、金星が瞬いていた。
「蛍ちゃん。一番星だよ」
市太郎は夕暮れ空を仰ぎ指をさした。
「なんだ、ちゃんと呼べるじゃない」
「うん、そうだね」
「はい、もう一度!」
「ほ・・・ほた、ほた」
「純粋か!」
コンクリートの階段を登ると橙色の夕陽が川の下流に雫を垂らし、空は濃紺のグラデーションで彩られていた。
「綺麗だね」
「綺麗だね」
「西瓜、重くない?」
「大丈夫」
「持とうか?」
「大丈夫」
蛍 にそう答えてみたものの急勾配に市太郎の息は上がり大玉西瓜は鉛の様に重かった。
「あ〜着いた!市太郎、頑張ったね!」
「やっぱり重かった」
「でしょう?」
そこには灯台躑躅の垣根、幹の太い泰山木の樹が黒瓦の小屋根に覆い被さる和風家屋、門には田辺の表札があった。
「お母さ〜ん!ただいま!」
蛍 が玄関の三和土でパンプスを脱ぎながら声を掛けると白い割烹着の母親が台所から顔を出した。
「あらぁ!早かったね!市太郎くんのお仕事早く終わったの?」
「うん!そうみたい!」
「そうみたいってあなたはいつもいい加減ねぇ。市太郎くんいらっしゃい」
「お義母さんこんばんは。ご無沙汰しています。どうぞこれ、召し上がって下さい」
市太郎の手のひらには大玉西瓜の重みでナイロン紐の痕が付いていた。
「あらぁ、重かったでしょう。ありがとう、ささ、入って入って」
市太郎が玄関先で革靴を揃えていると背後でやや機嫌の悪そうな咳払いがした。振り向くとそこには 蛍 の父親が仁王立ちしていた。
「お義父さんこんばんは、ご無沙汰しています」
「おう」
「お邪魔します」
「おう」
廊下に立ち塞がった父親は微動だにせずその場所を退く気配はなかった。
「あらぁ、お父さん!そんな子どもみたいな意地悪しないの!」
「意地悪なんかしとらん!」
「はいはい、市太郎くん、お父さんの事は気にしないで入って、入って」
「はい、お邪魔します」
茶の間のテーブルには茹で上がったばかりの枝豆やとうもろこし、胡瓜の酢の物、炭火で炙った焼き鳥の香ばしい匂いが漂っていた。
「市太郎くん、冷たいお素麺と冷や麦どっちが好きかしら?」
「ありがとうございます、では素麺でお願いします」
「まだだ!麺はまだだ!」
父親は不貞腐れた声色で冷蔵庫のドアを閉めた。
「ほれ!」
「あ、はい」
瓶ビールとグラスを二つ準備した父親が市太郎の前で胡座を組んだ。眉間にシワを寄せ口元はへの字だがどうやら晩酌に付き合えと言っているらしい。市太郎が瓶ビールに手を伸ばすと「俺がやる」と言って栓抜きを握った。
「本当に素直じゃないわよねぇ」
「お父さん怒ってるの?」
「市太郎くんが来ると嬉しいみたいよ?」
「あれで?」
「あれで」
「結納も済んであとはお式だけなんだからいい加減諦めれば良いのに」
「諦めるって何を?」
「あなたがお嫁に行くのが寂しいのよ」
父親は手塩にかけて育てた一人娘を嫁に出す寂しさですっかり臍を曲げていた。
「あ、そうだ!お母さん、アルバムなんだけど何冊か持って行って良い?」
「良いわよ、好きなだけ持って行きなさい」
「じゃあ選ぶね」
「はいはい、どうぞ」
蛍 は豚の蚊取り線香が煙を燻らす縁側でアルバムを広げページをめくった。二冊、三冊と過去に遡れば懐かしい思い出が泉の様に湧き出でた。
「うっわ、なにこれ可愛い!」
「自分で自分を可愛いとか聞いて呆れるわ」
「ちょっ、市太郎!見て!可愛いでしょ!?」
そこには生後百日お宮参りの真っ白な産衣に包まれた 蛍 が写っていた。
「可愛いですね」
市太郎は銀縁眼鏡を上げてその写真を繁々と見た。
「ね、可愛いでしょ!子どもが生まれたら絶対可愛いよ!」
父親はグラスに注いだビールで喉を詰まらせ咽込んだ。
「なに、どうしたのお父さん」
「なんでもない!」
そしてお宮参りの 蛍 を抱く母親は溌剌とし、隣に立つ背広姿の父親の髪は黒々と豊かだった。
「うっわ、なにこれ若い!」
「二十四年も前なんだから当たり前よ」
「ちょっ、市太郎!見て!お父さん、市太郎に似てる!」
確かに似ているかもしれないと市太郎は頷いた。 蛍 は無意識のうちに父親と似た男性を伴侶に選んでいた。
「あ、なにこれ」
五冊目の古びたアルバムには高等学校の制服を着た母親と私服の父親の写真が貼られていた。
「うっわ、なにこれ更に若い!」
「そりゃそうよ、高校三年生の夏休みだもの」
「ちょっ、市太郎!見て!お母さんと私そっくりなんですけど!?」
市太郎は 蛍 と義母の顔を交互に見て少し微妙な面持ちになった。
「なにその顔、私の行く末を見ちゃった感じ!?」
「いや、そういう訳ではなく」
「信じられない!」
「違うよ、ちょっと驚いだたけだよ」
「もう!離婚よ離婚!」
父親はグラスに注いだビールで喉を詰まらせ咽込んだ。
「なに、お父さん」
「なんでもない!」
蛍 と市太郎が賑やかしくする傍らでアルバムを眺める母親は目を細めた。
「お母さん笑ってる!なにそれ意味深!」
「あら、笑ってた?」
「それにこの写真なんだか変じゃない?」
「なにが」
「これ、誰が撮ったの?」
確かにカメラのレンズは若き日の両親を写しているが被写体までかなりの距離があった。
「セルフタイマーで撮ったのよ」
「あ〜、だから何気にお母さんはカメラ目線なのね」
「そうかしら」
「ほっぺた隠しちゃったりして、あざと可愛い!」
「何とでも言って頂戴」
団扇をあおいでいた父親がおもむろに立ち上がると 蛍 の横で胡座をかいた。
「あぁ、これな」
「お父さんこの時の事、覚えてるの?」
「この時、母さんに告白されたんだ」
「・・・・えっ!?」
「や、やだ!お父さんったら市太郎くんの前で恥ずかしいじゃない!」
確かに写真の父親は顔を赤らめ慌てふためいていた。
「お母さんって意外と積極的」
「だっていつになっても何も言わないんだもの」
「そうなんだ」
「だから思い切って告白しちゃった」
「お父さんその時なんて答えたの?」
父親は「もう何も喋るな」と咳払いをした。
「お母さんが告白したあの日があるから 蛍 が生まれたのよ?」
「な、生々しい話はしないでよ!」
「だって本当の事じゃない」
「そうだけど!」
「あの日があるから今日があるのよ」
その会話を聞いていた父親が「そうだな、そうかもしれんな」とやや寂しげに呟いた。蛍 はその写真が貼られたアルバムはこの家に残す事にし書斎の戸棚に戻して扉を閉めた。茶の間に戻ると市太郎が畳に手を突き頭を深々と下げていた。父親はその肩を何度も叩きながら「娘の事は頼んだぞ、頼んだぞ」と涙を浮かべていた。
「あれ、どうしたの?」
「お父さん、やっと覚悟が出来たみたいよ?」
「覚悟?」
「あなたを市太郎くんにお任せしますって」
「今更?」
「今更」
やがてテーブルには瑞々しい梨が並び市太郎と父親は無言でそれをシャリシャリと食べ始めた。蛍 と母親は縁側の庭でろうそくに火を灯した。
「花火なんて久しぶり」
「あなたが子どもの頃はこうして遊んだわね」
「うん」
二人の指先には線香花火が牡丹の花を咲かせていた。
「お母さんがお父さんに告白したあの日があるから今日の日があるのかぁ」
「そうね」
「二人が結婚していなかったら私は生まれていないんだよね」
「人と人の縁って不思議よね」
「うん、不思議だね」
「そのうち 蛍 もこの日の事を子どもたちに話す日が来るかもしれないわね」
花火はやがて松葉の眩い光となってちり菊の様に萎んでいった。
「今日の日がまたあの日になるのよ」
「そうだね」
線香花火は蕾み砂利の上にホロリと落ちた。
「 蛍 、幸せになりなさいね」
「うん」
母親は二本目の線香花火に火を着けた。
「綺麗ね、線香花火って彼岸花みたいね」
「彼岸花ってどんな花だっけ?」
「秋になったら川沿いの土手に背の高い真っ赤な花が沢山咲くでしょう?」
「あぁ、あれ」
「九月のお彼岸の頃に咲くから彼岸花と言うのよ」
「なるほど」
蛍 ももう一本の線香花火を持った。
「九月かぁ、結婚式だね。何だか緊張するなぁ」
「泣くわよお父さん」
「だよね」
微笑みながら茶の間を向くと座布団を枕にいびきをかく父親と腕組みをして壁に寄り掛かって眠る市太郎がいた。その姿を眺めた 蛍 と母親は顔を見合わせて頷いた。
「これもまたあの日になるのかぁ」
「そうね」
風鈴の舌がクルクルと回り夏の終わりの湿った夜風が吹き抜けた。