「……それでは、皆さん。準備はいいですか?」
 ここは村の中央広場。外に設置されたテーブルの上には、ところ狭しと豪華な食材が並ぶ。キアラさんの言葉が響くと、村人たちは厳かな表情で盃を上げた。
「リシャール様の領主就任三か月を記念して…………乾杯!」
「「乾杯!」」
 大きな歓声とともに、盃のぶつかる軽快な音が響く。僕が“キウハダル”に来て、今日でちょうど二か月が経った。和紙を漉いてたら、なんだかあっという間だったな。ヴェルガンディ家での日々より濃厚かもしれない。食事も今や見違えるように豪華で、村人のおいしそうな笑顔に“耀き葡萄のジュース”(月明かりが当たると実が耀く葡萄で、爽やかな風味。僕のお気に入り)が進む。
 しばらく食事が進むと、ぞろぞろと村人が僕とフロランスの前に集まった。先頭にはレイナちゃんとマリアちゃん。二人は何枚かの和紙を持っている。どうしたんだろう……と思っていたら、傍らのフロランスがこそっと僕の耳元で話した。
「リシャールさまにみんなからプレゼントがあるって」
「え? プレゼント?」
 村人が整列すると、緊張した様子のレイナちゃんとマリアちゃんが言った。
「リ、リシャールさま。毎日のありがとうを込めて、紙芝居を作りました」
「き、聞いてくれますか?」
「ほんとに!? 嬉しい! ぜひ聞きたいよ!」
 紙芝居なんて、そんなの絶対に聞きたい。ワクワクしながら待っていると、二人は顔を見合わせ、深呼吸してから始めてくれた。
「私たちが住む村は貧しく、食べ物も少ししかありませんでした……」
「……でも、そんなある日、優しいお兄ちゃんが来てくれました」
 レイナちゃんとマリアちゃんの紙芝居が披露される。僕が“キウハダル”に来る前と来た後の対比が描かれている……。貧しかった村が少しずつ豊かになる紙芝居は、今までの毎日を見返しているようだ。村人の暗い顔がだんだん笑顔に変わっていくのを見て、頑張ってよかったと心から思った。僕とフロランスも可愛く描いてくれた(紙漉きのシーンは、客観的な自分の状態を見れた)。
 そして、絵が描かれているのは、もちろん僕が作った和紙。じんわりした思いで紙芝居を見る。
「「……これからも、私たちはリシャールさまと一緒に過ごしたいです。リシャールさま、いつもありがとう」」
「「おおおー! 我らが無限麒麟児リシャール様ー!」」
 胸が感動でいっぱいだ。まさしく……最高のプレゼントだった。
「レイナちゃん、マリアちゃん、村のみなさん……ありがとうございます。こんな素晴らしい紙芝居を作ってくださって……僕は嬉しい……嬉しいです!」
 感極まって泣いてしまいそうだ。懸命に涙を堪える中、村人が僕の周りに集まる。
「リシャール様のおかげで、私たちは得意なことや好きなことに熱中できるようになりました。紙芝居の背景を描くのも手伝ったりしたんですよ」
「今までは先行きの見えない毎日でしたが、リシャール様が就任されて明るい未来が待っているんだと思えるようになったのです」
「紙で人々の暮らしを良くできる人なんて、あなた様以外には絶対にいません」
 みんなに紙芝居のお礼を言っていたら、ふいに村の入り口が騒がしくなった。数人の鎧を着た人物が近づく。
「リシャール様、また突然に訪問してしまい失礼いたします」
「アランさん! 騎士団の皆さんも!」
 なんと、アランさんたち一行だった。久しぶりの再会だ。
「実はですね。北方警備隊に王国魔術師団の幹部が合流しまして。北方地域で封じている強力な魔物の防御結界を張り直すことになりました。ですが、度重なる魔物の襲撃で結界の修復に大変な時間がかかりそうなのです。そこで、魔法の効力を強めるような和紙を、もしできれば作っていただけないかと思いまして……」
「ぜひ、やらせてください!」
 なにそれ。すごい楽しそう。絶対に漉かせていただきたい。さっそくアランさんたちから詳しい話を聞いていると、また村の入り口が騒がしくなった。
「今日は宴か? 私も混ぜてもらおうか」
「ナタリーさん! シシリアさんにヘレナさんも!」
 なんと、“月虹商会”の方々もお目見えになった。今日はお客さんがいっぱいだ。
「実はだな、勇者パーティーから“絶対に燃えない”防具が欲しいと頼まれた。近日、Sランクの魔物、獄炎龍の討伐に向かうらしい。動きを制限せず、軽くて薄い物が良いとも言われた。だが、あいにくとそんな物は商会にない。そこでだ、リシャールきゅん……こほん、リシャール。力を貸してくれないか? “燃えない紙”なんて矛盾もいいところだが、お前なら作れると思うんだ」
「ぜひ、やらせてください!」
 なにそれ。すごい楽しそう(二回目)。快くお引き受けした。一緒にご飯を食べたそうにしているナタリーさんに、なぜかジト目のフロランスが言う。
「ナタリーさんは専用のテントでお酒でも飲んでた方がいいんじゃない?」
「……おい、メイド。さりげなく私を追い払おうとするのはなぜだ」
「まぁまぁ! 二人とも落ち着いてっ!」
 わいわいと賑やかさが増す村で静かに誓う。みんなの幸せのために……そして、自分の思い描く最高の和紙を作るため、僕は明日も紙を漉き続けると。

 ◆◆◆

「げ……“月虹商会”が契約を打ち切るだとぉ!?」
 ナタリーから届いた文書を開けた瞬間、ファブリスは悲鳴に近い叫び声を上げた。本日付で取引を打ち切る旨が端的に記されていた。リシャールが漉いた紙に切り替えるとも……。“月虹商会”は一番の得意先。契約が終了したら、大損害もいいところだ。
 しばし、ファブリスは呆然とすることができなかった。震える目で見ていると気づいた。どうやら、この手紙も愚息のリシャールが生産した紙らしい。ファブリスの心にはもはや、仕事を奪われた憎しみしかなかった。
「我輩の仕事を奪いおったな! 許さん! こんな紙破り捨ててやる……ぐあああ、指が切れた!」
 リシャールの和紙は頑丈で破くことはできず、逆に指が切られる始末だった。ファブリスが執務室でキレる中、深く項垂れたリビオが入室する。
「ち、父上、失礼します」
「リビオ! 魔道具の製作はどうなっている! 今度はうまくいったんだろうな!?」
「それが……なかなかうまくいかなくてですね……」
「なんだと!? いくら素材を無駄にすれば気が済む! お前は【大錬金術師】だろぉ!」
 リビオのジョブ自体は最高峰の力だった。だが、強大な力ほど習得には、地道で基礎的な修練が必要。元来怠け者のリビオに修行などはできず、創意工夫を働かせることもなく、失敗から学ぶこともない。
 結果、貴重で高額な素材を無駄にしては、ヴェルガンディ家の家計を圧迫する日々を送っていた。
 ――悪紙は良紙に駆逐される。
 それが今ここに、証明されようとしていた。