――親愛なるジャンヌ姉さんへ
 私の魔力鳥は無事に届いたでしょうか。姉さん、お元気ですか? 前回のお手紙より遅くなってしまいましたね。申し訳ありません。強い魔物に襲われた影響で、回復に時間がかかったのです。
 実は……私は今、人間の村に滞在しています。どうか怒らないで聞いてください。姉さんが今どんな顔をして、この手紙を読んでいるかはわかります。「人間を知るため国を出たい」とお願いしたときでさえ、姉さんはとても怒ったのですから。姉さんの王女としての責務は重々承知しています。父上と母上がともに病に臥す中、第二王女の私などより、ずっとずっと強いプレッシャーの毎日でしょう。
 ――“近くで見てもよいが、人間とともには暮らさない”。
 国を出るとき交わした誓いを破ってしまい、すみません。心優しい村人たちに、何か恩返ししたかったのです。
 私がいるのは、“キウハダル”という辺境の村です。大辺境と言われるくらい人間の都市部から離れた場所で、食材も素材も粗悪な物ばかり。ポーションなどを作って恩返ししたくもできず、悔しい思いを抱いていたときでした。
 一人の少年が訪れたのです。
 ――リシャール・ヴェルガンディ。
 この村の領主、リシャール様です。重要人物なので覚えてください。貴族の令息らしいですが、外れジョブを授かったのが原因で追放されたと聞きました。そのような辛い目に遭ったのならば、心も折れてしまうのが普通……。
 ところが、リシャール様は違いました。まだ齢10歳ながら、領主として立派に村人を導いているのです。
 リシャール様のジョブは、紙を作る不思議なジョブでした。魔法で紙を出すのかと思っていましたが違いました。木の皮から繊維を取り出して、水に混ぜて、板の上に掬い上げて……文字通り一から作るのです。
 想像つきますか?
 数百枚の紙を、自分の手で生産する……。近くで見学してましたが……恐ろしく大変な作業でした。春の気配はするものの、まだ冬は色濃く残る。水だって冷たいはず……。あの小さな身体のどこに、そこまでのエネルギーが宿っているのでしょう。リシャール様は“和紙”と呼んでおり、私たちが普段から使う紙とまったく別物のようです。どれほどすごい紙か姉さんにも知ってほしく、少し分けてもらいました。
 この紙はリシャール様が漉いた紙です。とても良い手触りで美しい白色でしょう? エルフの長い歴史でも、これほど素晴らしい紙を見たのは初めてです。人間はこんな物まで作れるのです。
 すごいと思いませんか? 私たちエルフには絶対にできません。
 リシャール様は村人の生活を豊かにするため、自分の紙を行商人の野営地へ売りに行きました。立派な行動力ですね。大人相手の行商人にも怖じ気づくことなく、商売をやり遂げました。
 王国騎士団の一隊も訪れたことがあり、防寒具と灯りの提供を求められました。ただ、あいにくと村にある物はどれも重くて運搬には不適切。そこで、リシャール様は紙を使って解決することにしました。紙で? と思うでしょうが、リシャール様は類まれな発想力で二つのすごい和紙を作りました。火属性の魔物の皮を練り込んだ和紙に、光るコケの繊維を取り込んだ和紙。
 紙って……あんなに暖かいのですね。
 身体に巻き付けるだけで太陽の下にいるみたいでしたよ。光る紙は魔力を込めて丸めると浮かぶことができ、優しく辺りを照らします。紙はかさばらないし軽いので、騎士たちも大変に喜んでました。
 他人のために頑張る小さな少年……。尊い気持ちで胸があふれます。紙を漉くリシャール様は元気いっぱいで可愛く、見ているだけで心が温かくなります。その光景も、いずれ姉さんに見てほしいです。
 姉さんが思うほど……人間は悪い種族ではありません。この村で暮らすうち、リシャール様の近くで過ごすうち、そんな気持ちが国にいた頃より強くなりました。もちろん、中には悪の心を持つ者たちもいます。でも、それはエルフも同じなのです。
 人間も私たちも、本質は同じ。いがみ合うのではなく、手を取り合うべき存在なのです。
 私はもうしばらく、この村で暮らそうと思います。幼い子どもである(失礼ですが)リシャール様が、村を……村人を……さらには来訪者さえ幸せにする光景を見たい。それがエルフと人間……両者を結ぶきっかけになりそうな気がするのです。
 姉さんも、いつかこの村に来てみてください。そうすれば、私の言っていることがわかると思います。どうか、お身体に気をつけて。
――大事な姉の健康と幸せをいつも思う妹より。……愛を込めて