翌日。アランさんたちにも豪華な食事を振舞った後、さっそく和紙作りを始めることになった。村の中央広場に行き準備を進める。見学したいとのことで、騎士団の皆さんも一緒だった。
 では……【紙すき職人】発動!
 手をかざして念じると、いつもの紙漉きセットが現れた。やはり王国騎士団でも珍しいのか、アランさんたちは興味深そうに眺めていた。僕もまた鞄から必要な素材を取り出し、作業台の上に乗せる。茶色の細かい繊維の山と、緑色の同じく繊維の山。火焔蜥蜴の皮を刻んだものと、ヒカリ苔を細かく切ったものだ。
 アランさんたちが訪ねる数日前、村の近くに火焔蜥蜴が出現した。火属性の魔力を宿し、いつも体表が燃えている魔物だ。Cランクというそこそこ強い魔物だったけど、フロランスは一撃で倒してしまった(さすが【剣聖】)。死骸を捨ててしまうのはもったいないので解体したわけだけど、皮を細かく切り刻んでおいた。これを混ぜたら、火属性の魔力が宿る暖かい和紙になるはずで、防寒具の代わりになると思う。
 もう一つの緑の素材はヒカリ苔。太陽の光を吸収し、夜に薄っすらと発光する苔だ。森を調べたときに見つけておいた。たくさん混ぜれば、充電式の明かりとして使えそう。
 ――魔物の皮も苔も、細かくすれば繊維になる。
 だから、うまく混ぜ合わせれば、素材の特徴を持った和紙が作れるんじゃないかな……と考えたのだ。
 まずは温かい和紙から作ろう。素材を持って“漉き舟”の前に立ち、プランを考える。片方は魔物由来で、もう一方は植物由来の繊維か……。
 より温かくするには火焔蜥蜴の繊維を多く混ぜたい。でも、多すぎると紙としてまとまらず、ただの塊になってしまう。今から作りたいのは、防寒具として使える紙だ。
 服や鎧の下に貼りつけられるような……。
 しばし考えた結果、火焔蜥蜴の繊維は全体の三割ほど入れることにした。うまくいかなかったらやり直せばいいからね。
 “漉き舟”の中で互いによく混ぜ合わせ、諸々の準備ができたところで精神統一。落ち着いて紙を漉くべきだ。仮にも領主が、いきなりキャラ崩壊したら不安になるでしょう。
 とはいえ、新しい人がいると緊張する。
 ふむ、逆にいい緊張感だ。これなら冷静に紙が漉けるはず。
 よし…………明鏡止水の心で簾桁を握るぅぅう!
「さぁぁ~あ! お楽しみタイムの始まりだぁあ! 初めて漉く紙に僕の興味はスクスクスクスク成長してるよ~! 火焔蜥蜴さんと“楮”さん! 仲良くお手て繋いでね~!」
「「リ、リシャール様!? 急にどうされたのですか!?」」
「安心して。紙を漉くときはいつもこんな感じだから」
 アランさんたちとフロランスが何か話している気がするけど、あいにくと何も聞こえない。ギャラリーが多いとテンション上がるねぇ! 奥から手前に簾桁を斜めに差し込み、水を掬い上げて簾桁を揺らす。
 ……やっぱり、楮の繊維より重いから残りやすいね。
 元が皮だから、太くてすぐに見分けがつく。最初は激しく縦に揺らして余分な量を減らしたら、火焔蜥蜴の繊維が均等な層になるよう横に緩く動かす。
 いい感じですよ~。
 今回のメイン素材は火焔蜥蜴だけど、これはあくまでも和紙。“楮”の繊維が少なくなっては、バラバラにほどけてしまう。程よいバランスが重要だ。簾桁をうまく動かして紙を漉き、必要量出来上がったら繊維だけ取り除く。
 新しい“楮”とヒカリ苔の繊維を入れ……紙漉きリスタートォォオ!
「お次はヒカリ苔ぇぇ! お水は入れ替えないことで、滲み出た〈火焔蜥蜴〉の魔力も再利用ぅ! 一段と明るくなるはずですよぉぉお! 皆さん、ちゃんと、ついてきてますかぁ!?」
「「す、すごい勢いだ……」」
「大丈夫。みんなついてきてるよ、リシャールさま」
 ヒカリ苔の方が細かい繊維なので、先ほどより漉きやすいね。色も緑でわかりやすい。苔も楮と同じ植物なので、たくさん入れても問題ないぞ。灯りは明るい方がいいから、目いっぱい使おう。
 漉き上げた和紙をそれぞれ紙床(しと)に移動し、重しを乗せたところでテンションが戻った。
 静かな広場。
 急激に恥ずかしさが湧いてくる。
「……こほん、失礼しました。後は乾燥させて完成です。申し訳ありませんが、五日ほどお待ちください」
 五日とは言ったけど、火焔蜥蜴の繊維と溶け込んだ魔力が二種類の和紙には備わっている。普段と比べて乾燥時間は短いはずだ。
 その後、予想より早く乾燥が進み、どちらも翌日には使用可能になった。乾燥用の板から丁寧に剥がし、まずは火焔蜥蜴の方からチェックする。触ってみると、程よい温かさ。身体に巻くと現代社会の懐炉を思い出させた。うまくいってホッとしながら、アランさんに渡す。
「自動で熱を出す和紙です。どうぞ使ってみてください。僕の魔力は粘着性を持たせるように変化させたので張り付くはずです」
「これは温かい……温かいですな! 毛皮を身に着けているようだ!」
 アランさんは和紙をお腹に当て、感激した様子だった。手を離しても落ちないので、魔力の変質もうまくいっている。
「長時間当てたままだと低温火傷になるリスクもあるので、数時間毎に貼る場所を変えるようにしてください。火焔蜥蜴の魔力が逃げ出さないよう、僕の魔力でコーティングしてあるので、本格的な春になる頃まではもつと思います」
「わかりました! 気をつけます! ……君たちもつけてみなさい! 大変に温かいぞ!」
 他の騎士たちも、和紙を身体に当てたりしては喜ぶ。
「紙ってこんなにあったかいのかよ! 軽いし身体に巻きつけても動きが邪魔されないぞ!」
「これならいくら持っていっても防寒具より格段に運びやすい!」
「保管場所にも困らないな! 良いことづくめだ!」
 温かい和紙は好評で安心した。もう一種類も板から剥がす。
「こちらがヒカリ苔の繊維を混ぜた和紙です。身体から出した魔力は、自身の身体に戻る性質があります。なので、魔力を紙で包むように閉じ込めれば……ほら、この通りです」
 自分の魔力をヒカリ苔の和紙に乗せ、くるりと包む。ぽんっと投げると宙に浮かんで、歩きだすとふわふわしながら僕の後をつけてきた。いい感じだね。騎士団の皆さんの歓声が上がる。
「おおっ! 自動で動くランプだ!」
「すごい! 灯りが浮きましたよ! しかもついてくるじゃないですか! これなら持ち運びの手間もかかりません!」
 騎士団の皆さんは、作った和紙を見て嬉しそうに歓声を上げる。この二種類は、それぞれ“懐炉和紙”に“灯り和紙”と名付けよう。
 アランさんは感極まった様子で、僕の手が軋むほど力強く握った。
「素晴らしいアイテムだ! リシャール様、これはもはや紙ではありませんよ! まさしく、“神の紙”です!」
「あ、ありがとうございます」
 そのフレーズは流行っているのだろうか。でも、そんなに褒めてくれて嬉しい。求められた品を提供できて安心したのと、やっぱり喜ぶ人の笑顔が僕も一番喜ばしくて嬉しかった。
 すぐに在庫の生産もお願いされ、紙漉きを再開する。落ち着こうとは思うものの、結局のところハイテンションで紙を漉いてしまい、醜態を晒すことになった。
 一週間ほど生産を続けると、必要十分以上の“懐炉和紙”と“灯り和紙”が完成した。アランさん一行とも一旦お別れだ。村の入り口で別れの握手を交わす。
「リシャール様、この度は誠にありがとうございました。これほどの素晴らしい紙があれば、北方地域での任務も無事に達成できます」
「いえいえ、こちらこそいつも国防のために働いてくださってありがとうございます。アランさんたちのおかげで、僕たちは平和に暮らせているのですから」
「「ありがとうございました、リシャール様! 村の方々も! 必ずお礼に参ります!」」
 騎士団の皆さんとも握手を交わし、バイバイと手を振って見送った。今度は、キアラさんや村人が拍手で讃えてくれる。
「お見事です、リシャール様! 王国騎士団にも褒められるなんて、そうそうないですよ!」
「紙があれば何でも解決できちゃいますね!」
「次はどんな和紙が生み出されるのか今から楽しみです!」
 和紙作りはそれだけで楽しいけど、人の役に立ってくれたときが努力が報われた瞬間を感じるな……。そう思ったとき、わしわしと誰かに頭を撫でられた。
「リシャールさまにご褒美をあげましょうね~。おお、よちよち~」
「だ、だから、子ども扱いするんじゃありませんっ」
 頭を撫でるフロランスから逃げる。家の中ならまだしも……ごほん。領主たるもの、けしからんことは避けるべきだ。自分の不埒な願望に、僕は絶対に負けない。
 何はともあれ、アランさんたちのために和紙が作れて良かった。

◆◆◆

 今年、王国騎士団に入隊したフレデリックは、研修を終えた後“北方警備隊”への所属を命じられた。騎士団の中でも随一の厳しさと言われる部隊ではあったが、むしろ彼は喜んだ。十八歳という若い年齢もあり、彼の心は国を守る使命感とやる気に満ちあふれている。だが、任務が始まるとその心にも影が差し始める。アランなど周りの騎士たちは良い人間であったが、北方地域の厳しい寒さと強い魔物が徐々にフレデリックの心身を削った。 
 物資の確保のため“キウハダル村”に着いたときも、フレデリックの心中は暗雲が立ち込めていた。防寒具や灯りを提供してくれるのは大変にありがたいが、どうせ燃料はすぐ無くなってしまう。防寒具も重くて運ぶだけで精一杯だろう。
 国民を守りたい気持ちは強いが、理想と現実の差を痛感する。心が暗い感情に占められている中、フレデリックは一人の少年と出会った。
 リシャールの紙を漉く楽しそうな光景は見ているだけで胸が踊る。彼が作った“暖かい和紙”はフレデリックの心まで温め、“光る和紙”は心に暗雲から光芒が差すようだった。二つの和紙は北方地域の辛い環境を跳ね返し、任務が各段にやりやすくなった。
 ――あんな幼い少年が他人のために頑張っている。
 まるで献身性の塊のように見え、リシャールこそ自分の思い描く理想像にふさわしいと思った。村人のために自分たちのために懸命に働くリシャール。彼を見て、フレデリックは己の原点を取り戻せた。同時に、多少の苦難に文句を思っていた自分を恥じた。
 ――俺も彼のような立派な人間になりたい。
 フレデリックは腹に巻いた和紙を触りながら、さらなる修練を積むことを天に誓った。