【リシャール歴_1年1日】
 リシャールさまとともにヴェルガンディ家を後にし、“キウハダル”に到着した。本日から、領政の記録を残そうと思う。尊敬すべき可愛いリシャールさまの新しい日々の始まりだ。よって、“リシャール歴”と命名する。
 記録者は専属メイドを務めるフロランスだ。もちろん、書き記すのはリシャールさまが漉いた紙、“和紙”である。滑らかな手触りを裏切ることなく、羽ペンは滑るように走る。インクの吸い込みも迅速で、明瞭な文字が記録でき、記録中に破れる気配はまったく感じない。ヴェルガンディ家の生産する紙など、まるで勝負にならない。
 話が逸れた。
 “キウハダル”は想像以上の荒れ地であり、村人も元気がない。今までは旅のエルフ――キアラさんが村長代理を務めていたそうだ。リシャールさまは劣悪な環境にもめげることなく、ジョブを発動した。和紙という紙を作って村の生活を良くすると……。
 材料には“楮”と水、木の繊維を繋げる糊として作用する“とろろ”が必要らしい。運よく木と水は確保できたものの、“とろろ”はまだ見つかっていない(根からどろりとした粘液を出す花や木があるそうだ)。対策を思案した結果、リシャールさまは自分の魔力で代用することを決めた。魔力の質を粘着性が出るように変質させるのだ。間近で見学したら、たしかに繊維同士が繋がっていた。
 さらりとやっているように見えるけど、それは極めて高度な技術だ。ヴェルガンディ家での努力がうかがえる場面だった。
 紙を漉く(紙漉きを見て、そのような表現を初めて知った)リシャールさまは元気いっぱいで可愛い。記録の端に図を残すので、参照されたし。
 完成した和紙は、目も覚めるような至極美しい純白の紙だった。上述した実用性も相まって、村人たちの顔も明るくなる。リシャールさまの和紙が村にどのような変化をもたらすのか、今から楽しみでならない。

【リシャール歴_1年2日~24日】
 和紙の生産は順調に進み、計512枚の和紙が完成した。野営地に赴き交渉を始める。いくら和紙が素晴らしくても、相手は商売のプロ集団。そこで、私は一つの作戦を考えた。オークション形式なら高値がつくはずだ。ついでに、リシャールさまの可愛さもアピールできるので、二重のメリットがある。
 交渉の結果、“月虹商会”の総会長――ナタリーさんが全て購入することでまとまった。国内最大手の商会と契約するなんて、さすがはリシャールさまだ。水や食料の他にも、家々の修繕に使える材料も手に入り、村の生活は改善の兆しが見え始めた。宴の最中、村人に話を聞いた。
「和紙は本当にすごい。質の高さもそうだが、あの“月虹商会”を虜にしちまうんだから」
「リシャール様には失礼ですが、あんな幼い子どもが私たちのために頑張ってくれているのです。大人の私たちが頑張らないでどうしましょうか」
「人生は最後まで諦めちゃいけないんだな、って感じました。一生懸命生きようと思います」
 みな、リシャールさまが領主に赴任して、暗い人生が変わりつつあると話す。村の食生活は豊かになり、家々の修理も進み、ランプが村の軒先や周囲を囲う壁に吊るされ煌々と輝いたとき、暗い人生に明かりが指したとも言っていた。私もまた、辺境での生活は思ったより楽しい。すぐ傍でリシャールさまの健やかな毎日を見守りたい。
 ただ一点。
 ナタリーさんのリシャールさまに対する視線が気になる。要注意人物として警戒すべし。改善の兆しが見えたとはいえ、村はまだまだ劣悪な環境にある。だが、リシャールさまならどんな難題も改善してくれるだろう。