「……リシャール殿のジョブが判明いたしました。リシャール殿のジョブは…………【紙すき職人】です!」
 教会に女鑑定士さんの声が響き、空虚な余韻が僕たちを包む。父上ファブリスも異母弟のリビオも、ついでに言うと鑑定した本人もポカンとした顔だ。僕に人の心を読むジョブはないが、この瞬間みんなが思っていることはわかる。
 ――紙すき職人? 何それ、おいしいの? ……だ。
 ここはザロイス王国の東にあるヴェルガンディ伯爵領。10歳を迎えた僕は、“ジョブ判定教会”でジョブの判定を受けていた。父上は引きつった顔で女鑑定士さんに尋ねる。
「か、紙すき職人とはどんなジョブかね?」
「申し訳ございませんが……知りません。こんなジョブは私も初めて見ましたので」
 女鑑定士さんが言いにくそうに話すと、父上は僕に厳しい顔を向けた。
「……リシャール。ジョブを使ってみろ」
「わかりました」
 父上に言われ、全身に魔力を巡らす。
 【紙漉き職人】発動!
 手をかざすと、ボンッ! と謎の道具が現れた。木でできた小型の風呂みたいな四角い箱に、板が一枚。板は開閉のギミックがあるものの、何に使うのか不明だ。
 父上はさらに顔が引きつり、女鑑定士さんに問う。
「ど、どんなことができるのかね?」
「残念ながらわかりません。おそらく、外れジョブと呼ばれる類かと……」
 女鑑定士さんの申し訳なさそうな答えを聞くと、父上はプルプルと震え出した。
「こんの、愚か者ぉ!」
「うわっ! やめてください、父上! 危ないですから!」
 突然、父上は腰の剣を抜いて振り回した。いきなり何をするんですか。
「ぐわぁああ! 指が切れた!」
 父上の悲鳴が教会に響く。人差し指の付け根辺りから出血していた。自分で自分を切ったらしい。急いで懐からハンカチを取り出すも、父上はキレる。
「お前のせいで怪我したんだぞ! 我が輩のイケメン成分がもったいないだろ! 責任とれ、ゴミ息子!」
 父上は自分を王国一のイケメンだと思っており、血液にもイケメン成分が流れていると日頃から主張していた。
「大丈夫ですか。とりあえず、これで押さえましょう。それより、剣なんて振り回さないでください。怪我するに決まっているでしょう。……父上は赤ちゃんにも負けるくらいの運動音痴なんですから」
「我輩を馬鹿にするのか!」
「うわぁっ! すみません!」
 父上、さらにお怒りになられる。
 ……またやってしまった。
 僕は昔から、暴言を吐かれると余計な一言を言い返してしまう癖がある。本格的に社交界に出る前に治さなければと思うのだが、なかなか治らないのだ。父上は僕からハンカチを奪い取ると、我が異母弟リビオの隣に立った。
「ふんっ、まぁいい。ヴェルガンディ家の本命はリビオだからな。お前など足元にも及ばないジョブを授かるに決まっておるわ」
「あの~、前から思ってましたけど、父上って僕のことが嫌いですよね?」
「ああ、嫌いだ。あいつの面影があるからな」
 あいつとは男爵出身だった母上のことだ。リビオは異母弟だが、僕と同じ10歳。なんと、僕を妊娠中に父上は義母上と不貞を働いたのだ。
 母上は僕を出産後、田舎に帰らされた。父上が全面的に悪いのだが、伯爵家の権力を使って揉み消してしまった(なんで結婚したの……)。
 リビオは僕の肩に手をかけると、顔が壊れるんじゃないかと心配するほどのゲス顔で言う。
「見てろよ、兄上ぇ。僕王が素晴らしい最強ジョブを授かるところをなぁ。そして、地面に這いつくばって土と同化しろ」
「ああ、僕もリビオに良いジョブが出るのを祈っているよ。……きっと、こういうところが女の子に嫌われるんだな」
「僕王を馬鹿にするのか! 国一番のイケメンだぞ!」
「うわぁっ!」
 リビオ、キレる。さっそく火に油を注いでしまった。今はいいけど、偉い貴族の前でこんなことをしたら大変だぞ。
 心の中で頭を抱える中、リビオは水晶に手をかざした。
 女鑑定士さんが、今度は嬉しそうな声で言う。
「リビオ殿のジョブは…………【大錬金術師】です! おめでとうございます、超究極激レア最高最強至高の領域最優秀ワンダフルファンタスティックエクセレントデラックスゴージャス、ジョブです!」
 女鑑定士さんが宣言した瞬間、父上とリビオは天に向かって拳を突き上げた。無言で。
 な、なんだ? と思う間もなく、二人は罵詈雑言を放つ。
「そら見たことか! お前よりもリビオの方が百兆億万倍優秀なのだ! 責任を取って塵になれ!」
「どうだ、兄上ぇ! 僕王のジョブは【大錬金術師】だぞ! 兄上みたいなムカデ野郎とは違うんだ!」
 父上とリビオの罵倒が石造りの壁に反響する。
 すごい悪口。ムカデ野郎なんて初めて言われたんだけど。あまりの口の悪さに、我が異母弟ながら将来が心配になるほどだ。僕は本当に嫌われているのだと実感する。
 ひとしきり罵倒した後、父上は勝ち誇ったように告げた。
「リシャール、誇り高きヴェルガンディ家に貴様のような外れジョブ持ちは必要ない。今をもって、貴様は北の辺境“キウハダル”の領主に命じる! さあ、今すぐ出て行け!」
 小説のような急展開。“キウハダル”はザロイス王国の北方にあり、広大だが荒れ果てていると聞く。ヴェルガンディ家の領地であるものの、ずっと放置された土地だ。
「父上、落ちついてください。外れジョブを授かってしまったのは申し訳ございません。ですが、追放はさすがに行き過ぎかと思います」
「ええい、我が偉大なるヴェルガンディ家に泥をつもりか! 紙すき職人ってなんだ! 紙が好きな職人か!?」
「むしろ、家の仕事に貢献できると思いますが……」
 ヴェルガンディ家は紙の生産が主力事業だ。ジョブの内容はわからないものの、“紙”とついているくらいだし何か役に立てそうに思える。父上はまたもや剣を抜くと、僕の首元に突きつけた。
「次期当主はリビオとする! お前は勘当だ!」
「そ、そんな……」
「二度とあいつに似たその面を見せ……ぐあああ、足が切れた!」
 追放は決定事項らしい。今までヴェルガンディ家のために貢献してきたつもりなのに、認められなかったというわけだ。さすがに強いショックを受ける。絶望のどん底に突き落とされたそのとき、ある記憶が蘇った。そうだ、僕は……。
 ――日本の紙すき職人だったんだ!
 僕は生前、紙すき職人として平和な日本で生きていた。子どもの頃から和紙が大好きで人間国宝を目指すも、志半ばで事故死(享年24歳)。なぜか、中世ヨーロッパ的な世界のリシャールとして文字通り転生したのだ。今の今までまったく覚えていなかったが、追放のショックで全部思い出した。
 同時に、とある思いが沸々と湧く。
 ――ファンタジーな素材で作った和紙は、どんな和紙になるんだろう。
 前世では絶対に作れなかった和紙が作れるに違いない。なぜなら、ここはファンタジーな世界だから。見たこともない素材がたくさんあるに決まっている。僕はまだ全然和紙を作り足りない。
 ――大辺境なんて和紙作りに集中できる最高の環境じゃないか。
 そう思うと、居ても立っても居られなくなった。
「父上、追放してくれてありがとうございます!」
「な、なに?」
「リビオも当主を引き受けてくれてありがとう!」
「な、なんだと?」
 ジョブを解除して道具をしまい、拍子抜けした様子の二人を置いて教会を出る。こうしちゃいられない。
 今すぐにでも紙が漉きたい、漉きたい、漉きた~~い。
 家に帰って荷物を簡単にまとめ、また街に帰ってきたところで、背中から女性の声が聞こえた。
「リシャールさま~」
「ん?」
 振り返ると、メイド服を着崩した女性が立っていた。ブロンドの長い髪をアップにし、猫みたいな丸い瞳に長い睫毛が活発な印象だ。彼女は……。
「あれ? フロランスか、どうしたの?」
 我が家のメイドで、端的に言うとギャルだ。
 父上曰く顔採用したらしいが、メイド服を着崩すだの敬語をつかわないだの馬鹿にしてくるだのやりたい放題なので、僕の専属メイドに左遷された(フロランスは単にメイド服が着たかったらしい)。
 まぁ、僕は敬語とか礼儀なんて気にしないし、好きにやらせていたけど。
 フロランスは楽しそうに笑う。
「ヴェルガンディ家を見限ったんでしょ? やるじゃん」
「いや、追放されたのは僕なんだけど……」
「ファブリスさまとリビオさま、マジ無能だったもんね~。リシャールさま、偉いっ。撫で撫でしてあげましょうね~」
「こ、こらっ、やめなさいっ」
「えぇ~」
 人前で躊躇なく頭を撫でてくるので、急いで止めさせた。前世、密かに抱いていた“ギャルに優しくされたい願望”が顔を出してしまうでしょうが。フロランスは今年で18歳と聞くので、なおさらけしからん。
「……こほんっ。じゃあ、僕はもう行くよ。大辺境の“キウハダル”に行かないといけないんだ。今までありがとう、フロランス。元気に過ごしてね」
「待って。ウチもついてく」
 別れを告げたら、ガシッと腕を掴まれた。
「つ、ついてく? だけど、僕が行くのはあの大辺境“キウハダル”だよ?」
「いいよ、リシャールさまがいれば」
 今気づいたが、フロランスは旅行にも使えそうな大きな鞄を持っている。本当についてきてくれるってこと?
「ついてきてくれるのはありがたいけど……メイドの仕事はどうしたの?」
「辞めた」
「そんなあっさり。……そういえば、フロランスは強いジョブを持っていたような……」
 僕が尋ねると、フロランスは前屈みになって右目にピースした。
「【剣☆聖】だよ~ん」
「【剣聖】!?」
 えええ!
 剣術関連で最高峰のジョブじゃないか。フロランス、予想以上にすごかった。きっと、剣聖の間に☆マークが見えたのは気のせいだろう。
「すごい強力なジョブじゃないか。王国騎士団とか、冒険者ギルドに勤めた方が待遇がいいと思うけど」
「や~だ~。リシャールさまの近くがいい~」
「こ、こらっ、やめなさいっ」
 僕の頭を抱きしめ当て始めたので(何にとは言わないが)、願望が蘇る前に慌てて止めさせた。ということで、フロランスも一緒に“キウハダル”へ行くことになった。
「そのうち、可愛いリシャールさまのイラスト集を出版したいんよね。絶対売れるよ」
「そ、そうなんだ」
 絶対にやめてほしい。何はともあれ、ついてきてくれるのは嬉しい。大辺境“キウハダル”に向かう馬車を見つけ、フロランスとともに乗り込んだ。

 ◆◆◆

 リシャールが“キウハダル”に向かう馬車で、フロランスに頭を撫でられ抵抗しているとき。ヴェルガンディ家の食堂では、盛大な宴が開かれていた。
「今日はゴミ息子を追放した記念日だ! リビオも超究極激レア最高最強至高の領域最優秀ワンダフルファンタスティックエクセレントデラックスゴージャス、ジョブを授かるし良いことづくめだな!」
「ヒャハハハハッ! 最高の一日だぜ! クソ兄上の惨めな顔は面白かったなぁ!」
 ファブリスとリビオは上機嫌で盃(リビオ君は子どもなのでオレンジジュース)を交わす。
 ヴェルガンディ家の粗悪な紙は、瞬く間にリシャールの”すごい和紙”によって駆逐され、泥水をすする生活が待っていることをこのときの二人はまだ知らない。