「南、なんか女の子来てんだけど」
(うるせぇな、今マンガ読んでんだよ。見えてねぇんか、この愚民が)
南はいつも通りに無視を決め込むことにした。誰が来てンかしんねーけど、この話の続きより価値があるものだとは思えない。
「あの子有名な子じゃん。ほら2年のさ、すげーかわいいって子」
「あー! アイドルにスカウトされたって聞いたことあるけど、かわいいな」
「この前、深夜の番組出てたの見たわ。へえ、あれがその子か。生で見た方がかわいい」
——かわいい。
「なぁ。王様、聞いてんのかよ」
取り巻きCの声に、ようやく南は読んでいたマンガ本から顔を上げた。
そのままC(名前を覚えていない)に流し目をくれてやる。どこの誰がかわいいって? 南が口の端を持ち上げると、目の前の凡人はたじたじの苦笑で顔を引きつらせた。そして黙る。
「ンだよ」
「……み」
「ア?」
だいたいこうなる。南は知っている。自分の顔には、美しさには、ひとを沈黙させる力がある。ひとは圧倒的に美しいものの前ではひるんでしまうものなのだ。
ふふ、南は心の中でほくそえんだ。
おーかわいそうに。こちらにその気がなくても勝手に心を動かして、俺の一言に、ちょっとした動きに戸惑い、舞い上がり、苦悩する。なんて愚かなやつらだろう。そして俺は愚民どもの挙動をみて楽しむのだ。
南 凪月は美しい。
容姿・頭脳・体力・性格・時の運。ひとの能力でパラメーターグラフを作るとしたら、南のそれは容姿に振り切っていた。努力は嫌いなので成績は良くない、汗をかくのも好きじゃないし、性格を磨くつもりはまったくない。しかし美しい。それだけであらかたの問題は起きるまえから解決してしまう。
アーモンド型をした灰色の瞳。
上品な薄い唇。
すらりとした手足に、小さな頭。
そこはかとなく王子様然とした容姿に似合うよう、髪は脱色してから瞳と同じ色に染めている。自宅からやや離れたこの高校を選んだのも、ブレザーの制服が自分の魅力を引き立てると踏んでのことだ。
しばらくしてから取り巻きCが思い出したように言う。
「……いや、あの子が、おまえに話あるって」
「ふうん」
南は教室の入り口に目をやった。観察する。
(かわいいっつうからどんなもんかと思えば)
まったく普通だ。なにも惹かれない。興味がない。
彼女の手入れされた長い黒髪も、まっすぐに向けられた無垢そうな瞳も、ふっくらとした餅のような白い頬にも、南は興味をひかれなかった。もっとも南はどの女にも惹かれたことはない。もちろん男にも。
普通ではない南が認める人間は、特別でなければならない。
自分を上回る「何か」を持っていなければ惹かれない。好きになどならない。
(あんな女がかわいい? いや、俺の方が——)
俺の方が、そう考えたところで南は首を振った。
普段の生活には持ち込まないようにしている。混乱するからだ。
南は机のフックにかけた通学カバンに視線をそっと落として、
「……いいわ。めんどい」
むっつりとして足を組み直す。
すると南の机の周りはいっせいに盛り上がった。南はくだらないと息を吐く。
「うわぁ、もったいねぇ〜」
「さすが王様、あの子でも無理か。……でも断んの気まずくね?」
「俺やだよ」
「俺も」
「……そうだ。おい行方く〜ん、おまえ断ってきてよ」
隣の席。行方と呼ばれた男は、陰気そうな顔を上げた。