変な遊び方をするんじゃないと言い置いて、兄上は自室に戻って行った。

「オリビア。虫取り網返して」

 先程、彼女に剣の練習を無理矢理させられた際、俺の虫取り網は彼女に取り上げられてしまいそれきりである。

「私と遊びましょうか」
「なんで?」

 俺の要求をまるっと無視したオリビアは、そんなことを言い始める。

「テオ様は、少し目を離すと何をするかわかりませんので」

 なにやら疑いの目を向けてくるオリビアは、要するに俺と遊びたいらしい。もしやこいつも訓練サボりたくなったのか? サボりの口実に俺を使いたいだけなのか?

「いいよ」

 断る理由もないので、即答する。
 オリビアの肩にとまったルルが『やめとけよ、オリビア。このチビちゃんの相手は骨が折れるぞ』と小声でささやいている。心配しなくても、ちっこい鳥とも遊んでやる。

「じゃあ追いかけっこの続きやろうね。俺が追いかけるからみんな逃げてね」

 ふんっと気合いを入れる俺とは裏腹に、オリビアとルルはそっと顔を見合わせている。俺の足元では、ユナが『またぁ?』とげんなりした声を発している。

「私が追いかけましょうか?」
「いい。俺がやる」

 少しだけ眉を寄せるオリビアは、けれどもそれ以上の言葉は飲み込んでしまう。そうして渋々立ち上がるオリビアは、「えっと、それでは」と鈍い反応を残して逃げ始める。それにルルとユナも続く。

 わぁっと追いかける俺。

 オリビアは、同じところをぐるぐるまわるばかりで遠くへ逃げる気配はない。ルルは、そんなオリビアの頭上をぱたぱた飛んでいる。ユナは、やる気なさそうに少し離れたところに座り込んでいる。

 俺の狙いは、自然とオリビアに定まる。待てと追いかけるが、彼女は待ってくれない。しかし、なんというか逃げ方にやる気が感じられない。

 いつもはシャキッと動く彼女が、ちらちらと背後の俺を確認しながら比較的ゆったりと逃げまわる。そうして少し経った頃である。

 突然、こちらを振り返ったオリビアは、すごくわざとらしく速度を落とす。ん? と思いながらも追いついた俺は、迷うことなく彼女の腕を掴んだ。

「おや。捕まってしまいましたね」

 そう言って肩をすくめる彼女には、やる気というものがなかった。なんだろう。すごく馬鹿にされている気がする。今のだって、オリビアが飽きてきたから適当に捕まっただけだろう。

「真面目にやって!」
「やっていますよ。テオ様は流石ですね」
「もう! ちゃんと俺と遊んで」

 適当にあしらってくるオリビアは、背後から俺の両肩を掴むと、そのまま押してくる。遠慮なく押される俺は、されるがままに前へと進む。

 なんだか、屋敷に向かっている気がする。

 外で遊ぶんじゃなかったのか? 嫌な予感を察知した俺は、頑張って足を踏ん張る。だが、オリビアはしぶとい。ひょいっと俺を抱き上げてしまう。抱っこされてしまえば、もうろくな抵抗はできない。せめてもの抵抗にと腕をぶんぶん振り回してみるが、オリビアはどこ吹く風である。まったくダメージになっていない。

「おろせ!」
「はいはい。お部屋に戻りましょうね」
「まだ遊ぶ!」
「遊んでばかりいないで、お勉強もしてくださいね」

 なんて嫌な奴だ。俺はまだ七歳だもん。全力で遊んでも許される年齢だと思う。

 そのまま部屋に連行された俺。「おとなしく遊んでいてくださいね」と眉を寄せるオリビアは、再び訓練に戻るらしい。だが俺をひとりにはしたくないようで、近くにいた使用人に声をかけて、ケイリーを呼びつけている。

 颯爽とやってきたケイリーは、オリビアのことを不思議そうに見つめている。

「ケイリー。頼むから、テオ様から目を離さないでくれないか」
「え?」

 意外そうに目を瞬いたケイリーは、ユナを抱きしめてぽつんと佇む俺を視界に捉えると、すぐに頷いた。

「わかりました」
「頼むよ」

 偉そうに指示するオリビア。よくわからないのだが、オリビアはたまにこうやってケイリー相手に偉そうにしている。侍従のケイリーと、騎士のオリビアだと、どうやらオリビアの方が偉いらしい。まぁ、オリビアは騎士の中でも実力派だからな。

 オリビアが去った室内にて、俺はケイリーのことをじっと見上げる。ケイリーは優秀な侍従だが、あまり仲良くはない。いつも淡々と仕事をこなすので、一緒に遊んだことはないな。ルルは、俺の手が届かない高い棚の上にとまっている。あいつも、オリビアに俺の面倒見ておけと頼まれていた。

「ケイリー。何して遊ぶ?」
「……お絵描きでもしますか?」
「いやだ」

 にこやかに提案してくるが、俺はそんな子供っぽい遊びには興味がない。もっと楽しいことがしたい。

「ケイリーは? 魔法使える?」
「はい。多少ではありますが」
「教えて」
「私が?」

 驚いたように目を見張るケイリーは、困ったように眉尻を下げてしまう。

「申し訳ございません。私の勝手な判断では」
「えー」

 勝手に魔法を教えることはできないと、ケイリーは冷たいことを言う。仕方がないので、ユナを床におろして、ひたすら毛をわしゃわしゃ撫でる。

 俺もはやく、もっと魔法が使えるようになりたいのに。