オリビアに手を引かれて、屋敷に帰る。帰りは、彼女の馬に一緒に乗せてもらった。オリビアがいつも可愛がっている黒くて大きな馬だ。
「街でなにをしていたんですか」
「うろうろしてた。途中で猫が迷子になった」
「テオ様が迷子になっただけでは?」
「違うから!」
その猫は、行きと同じく荷馬車に乗せた。
俺を背後から抱くようにして支えてくれるオリビアは、器用に手綱を操って馬を走らせる。
馬に乗ると一気に目線が高くなって、ちょっと楽しい。ひとりで馬に乗るのは少し怖いが、今はオリビアも一緒である。後ろで彼女が支えてくれているので大丈夫だ。
オリビアのことを撒いて嬉々としていた俺であるが、どうやら俺が屋敷を出てからすぐに、彼女は俺の不在に気がついたらしい。
俺がルルを捕まえて鳥籠に閉じ込めたことを、ケイリーがオリビアへと報告したのだ。ケイリーめ。普段は放任主義のくせに。その知らせを受けて、俺の部屋に突撃したオリビアは、棚の中に閉じ込められていたルルを発見。俺が街へ行ったとルルから聞いて、慌てて巡回の騎士たちを追うように馬で駆けてきたのだとか。
そこから副団長を含めた巡回の騎士たちと共に、俺の捜索が始まったらしい。
そんなことなど知らない俺は、のんびりクレアと共にパンを食べていたというわけである。
大通りから外れて、裏通りへと入り込んでしまった話をしたところ、オリビアは露骨に眉を寄せた。薄暗いあの通りには、足を踏み入れてはいけないと何度も言い聞かせてくる。
「魔獣いなかった」
「でしょうね」
「でっかい魔獣をペットにしたかったのに」
「そもそもテオ様が覚えた契約魔法では、そんなに力のある魔獣を捕まえることは不可能なのでは?」
冷たいことを言うオリビア。だが一理ある。こちらから一方的に契約を結べるのは、自分より力の弱い魔獣相手の時だけである。ユナは、愛玩用とされる魔力をほとんど持たない猫である。だから俺でも契約できた。
「……じゃあ、あの喋る鳥ちょうだい」
「ルルのことですか? ダメですよ。あれは私と契約しているので」
ちょっと眉間に皺を寄せたオリビアは「ルルをいじめないでください」と苦言を呈してくる。
「なんで閉じ込めたりするんですか」
「邪魔だったから」
だってあの鳥、俺のことを監視していた。嫌な鳥なのだ。だが、お喋り鳥と遊ぶのは楽しそう。虫取り網で追いかけ回すのも、ちょっと楽しかった。
あの鳥ほしいとごねる俺に、オリビアは困ったように馬を走らせ続ける。
「一緒に遊ぶのは構いませんが」
「やった」
「いじめたらダメですよ」
「うん」
また追いかけっこでもしようと思う。今度はケイリーも誘ってやろう。頭の中で計画を立てていれば、馬に乗った副団長が寄ってくる。
「にしても、見つかってよかったですよ。オリビアも随分と心配していましたよ」
爽やか笑顔でそんなことを言う副団長に、オリビアがちょっと変な顔をする。ばつの悪そうな微妙な表情だ。
「それにしても荷物に紛れていらっしゃったとは」
苦笑する副団長に同調したのか。オリビアが「そうですよ」と語気を強める。
「危ないことばかりして。私がどれだけ心配したと思っているんですか」
副団長め。余計なことを。おかげで再びオリビアが説教モードに突入した。馬の上で逃げ場がない。ひたすら黙って聞き流す。
屋敷に戻れば、玄関先には不機嫌顔の兄上がいた。
「また余計なことをして」
お決まりのセリフを吐き捨てる兄は、俺の顔を見るなりホッと胸を撫で下ろす。
「あまり心配させるな」
「はーい」
手をあげて元気に返事をしておけば、なんだか睨まれてしまった。どういうことだよ。
○
「今日ね、めっちゃ疲れた。でも俺は前世の記憶がある賢い子なので。どうにかなったよ」
「この間からなんだ。その前世とやらは」
夕飯の時。
兄上相手に、本日の成果を報告したのだが、微妙な表情である。
だが、ようやく俺の前世に興味が出てきたらしい。前に教えてあげた時には「そんなことより」で流されてしまったからな。得意になった俺は、思い出した前世について語ってやる。
「あのね、えっと。なんか、なんだろう。働いていたのかもしれない」
「あ、うん。それで?」
それで?
それでって言われても。
俺が思い出したのは、公園でひとり寂しくブランコを漕ぐ光景と、あとは日本についてのぼんやりとした記憶だけである。これ以上の詳しい説明はできない。
「えっと。それで終わりだけど」
「そうか」
気まずそうに相槌を打った兄上は、それきり口を閉ざしてしまう。思ってたんと違う。「なに!? 前世の記憶だって!」的な大袈裟な反応を期待していた俺は、拍子抜けする。
お肉を口に入れて、もぐもぐする。美味くて満足。
やっぱりあれだ。ちょっぴり前世を思い出したところで、なにも役に立たない。せっかくなら、前世でプレイしていたゲーム世界とかがよかった。
はぁっと口からため息がこぼれる。
特に使命なども何もない。この見知らぬ世界にて、俺は一体どうするべきなのか。とりあえず、今は美味しいお菓子をたくさん食べて、そんでもってもふもふペットを捕獲できればそれでいいや。
「街でなにをしていたんですか」
「うろうろしてた。途中で猫が迷子になった」
「テオ様が迷子になっただけでは?」
「違うから!」
その猫は、行きと同じく荷馬車に乗せた。
俺を背後から抱くようにして支えてくれるオリビアは、器用に手綱を操って馬を走らせる。
馬に乗ると一気に目線が高くなって、ちょっと楽しい。ひとりで馬に乗るのは少し怖いが、今はオリビアも一緒である。後ろで彼女が支えてくれているので大丈夫だ。
オリビアのことを撒いて嬉々としていた俺であるが、どうやら俺が屋敷を出てからすぐに、彼女は俺の不在に気がついたらしい。
俺がルルを捕まえて鳥籠に閉じ込めたことを、ケイリーがオリビアへと報告したのだ。ケイリーめ。普段は放任主義のくせに。その知らせを受けて、俺の部屋に突撃したオリビアは、棚の中に閉じ込められていたルルを発見。俺が街へ行ったとルルから聞いて、慌てて巡回の騎士たちを追うように馬で駆けてきたのだとか。
そこから副団長を含めた巡回の騎士たちと共に、俺の捜索が始まったらしい。
そんなことなど知らない俺は、のんびりクレアと共にパンを食べていたというわけである。
大通りから外れて、裏通りへと入り込んでしまった話をしたところ、オリビアは露骨に眉を寄せた。薄暗いあの通りには、足を踏み入れてはいけないと何度も言い聞かせてくる。
「魔獣いなかった」
「でしょうね」
「でっかい魔獣をペットにしたかったのに」
「そもそもテオ様が覚えた契約魔法では、そんなに力のある魔獣を捕まえることは不可能なのでは?」
冷たいことを言うオリビア。だが一理ある。こちらから一方的に契約を結べるのは、自分より力の弱い魔獣相手の時だけである。ユナは、愛玩用とされる魔力をほとんど持たない猫である。だから俺でも契約できた。
「……じゃあ、あの喋る鳥ちょうだい」
「ルルのことですか? ダメですよ。あれは私と契約しているので」
ちょっと眉間に皺を寄せたオリビアは「ルルをいじめないでください」と苦言を呈してくる。
「なんで閉じ込めたりするんですか」
「邪魔だったから」
だってあの鳥、俺のことを監視していた。嫌な鳥なのだ。だが、お喋り鳥と遊ぶのは楽しそう。虫取り網で追いかけ回すのも、ちょっと楽しかった。
あの鳥ほしいとごねる俺に、オリビアは困ったように馬を走らせ続ける。
「一緒に遊ぶのは構いませんが」
「やった」
「いじめたらダメですよ」
「うん」
また追いかけっこでもしようと思う。今度はケイリーも誘ってやろう。頭の中で計画を立てていれば、馬に乗った副団長が寄ってくる。
「にしても、見つかってよかったですよ。オリビアも随分と心配していましたよ」
爽やか笑顔でそんなことを言う副団長に、オリビアがちょっと変な顔をする。ばつの悪そうな微妙な表情だ。
「それにしても荷物に紛れていらっしゃったとは」
苦笑する副団長に同調したのか。オリビアが「そうですよ」と語気を強める。
「危ないことばかりして。私がどれだけ心配したと思っているんですか」
副団長め。余計なことを。おかげで再びオリビアが説教モードに突入した。馬の上で逃げ場がない。ひたすら黙って聞き流す。
屋敷に戻れば、玄関先には不機嫌顔の兄上がいた。
「また余計なことをして」
お決まりのセリフを吐き捨てる兄は、俺の顔を見るなりホッと胸を撫で下ろす。
「あまり心配させるな」
「はーい」
手をあげて元気に返事をしておけば、なんだか睨まれてしまった。どういうことだよ。
○
「今日ね、めっちゃ疲れた。でも俺は前世の記憶がある賢い子なので。どうにかなったよ」
「この間からなんだ。その前世とやらは」
夕飯の時。
兄上相手に、本日の成果を報告したのだが、微妙な表情である。
だが、ようやく俺の前世に興味が出てきたらしい。前に教えてあげた時には「そんなことより」で流されてしまったからな。得意になった俺は、思い出した前世について語ってやる。
「あのね、えっと。なんか、なんだろう。働いていたのかもしれない」
「あ、うん。それで?」
それで?
それでって言われても。
俺が思い出したのは、公園でひとり寂しくブランコを漕ぐ光景と、あとは日本についてのぼんやりとした記憶だけである。これ以上の詳しい説明はできない。
「えっと。それで終わりだけど」
「そうか」
気まずそうに相槌を打った兄上は、それきり口を閉ざしてしまう。思ってたんと違う。「なに!? 前世の記憶だって!」的な大袈裟な反応を期待していた俺は、拍子抜けする。
お肉を口に入れて、もぐもぐする。美味くて満足。
やっぱりあれだ。ちょっぴり前世を思い出したところで、なにも役に立たない。せっかくなら、前世でプレイしていたゲーム世界とかがよかった。
はぁっと口からため息がこぼれる。
特に使命なども何もない。この見知らぬ世界にて、俺は一体どうするべきなのか。とりあえず、今は美味しいお菓子をたくさん食べて、そんでもってもふもふペットを捕獲できればそれでいいや。