これは君との約束を書いた物語。
何年経ってもまた君とあの場所で読めるように--。
7年前
夏の暑さがじわじわと降り注ぐ午後、俺はいつものように高架下の河川敷で日記を書いていた。
すると、どこからかパタパタと走ってくる音が聞こえる。
……来たかな。
「あーー!瞬、やっぱりここに居た!」
ふわふわの髪に、丸くて大きな瞳。華奢な体格で、黄色のワンピースを纏ったこの子は茅ヶ崎 百合。俺より三つ年上でよく一緒に遊んでいる。
俺の好きな人。
「瞬ってよく日記書いてるよね〜。いつもどんな事書いてるの?」」
「ほとんど百合との事だよ」
「え〜?ほんと?」
嬉しそうに笑っている姿に思わず胸が高鳴る。
「瞬ってさ、いつも私と居てくれるよね。でもたまに心配なんだ。私と一緒に居るせいで友達と遊べてないんじゃないかな〜って」
「俺が百合と一緒に居たくて居るだけだから。それに百合と居た方が…落ち着く」
「照れるじゃん」
照れ隠しからなのか、顔を覆いながら俺の肩を叩いてくる。
この何気ないやりとりが、二人だけの空間が好きだった。
きっとこれから先、大きくなってもずっと一緒に居ると思ってた。
なんの疑いもなく。
あの日までは--。
>花火大会
夏休みに入って2週間が経った8月半ば。ここんところほとんど百合と遊んでいて、宿題には手をつけていない。
ふとカレンダーの日付を見た。
「…あ、明後日花火大会じゃん」
町内で行われる花火大会。規模も結構大きく、毎年この花火大会には必ず百合を誘って見に行っていた。
今年も誘おう。
そうして俺は百合にメールを送った。
太陽もすっかり沈み、だいぶ涼しくなった夏の夜。気づけば周りは花火を心待ちにしている人で増えている。
時間よりも早く待ち合わせ場所についた俺は、日記帳を取り出し日記を書く事にした。
:8月16日
今日は百合と花火大会。今年も一緒に行けます。
かれこれもう4年目か、俺はいつ自分の気持ちを伝えられるだろう。
-------
夢中になって書いていると「お待たせ」と、そこに浴衣を着た百合が立って居た。
「ど、どうかな」
少し頬を赤くして聞いてくる百合に
「すごく可愛いよ」
と、同じく顔を赤くして答えた。
それからしばらく俺は見惚れていた。
--まもなく、打ち上げが開始されます。
打ち上げを告げるアナウンスにハッと我に返る。
「もうすぐ始まるね。いつもの場所、行こう」
そう言い、俺の手を取り歩きだす。
当たり前の様に繋がれた右手。今までもずっと繋いできたはずなのに、最近はなんだか変に意識してしまう。
「やっぱりここからが一番見えるんだよね〜」
そこはいつも遊んでいる河川敷。実は花火もよく見えて、なかなかの穴場スポットである。
なんと言ってもここは"二人の場所”
「あ、俺ブルーシート持ってきた」
「ありがと」
並んで腰掛ける。打ち上げ五分前。
「写真!2人で写真撮ろっ!」
「…ちょ、なんかクマになってるんだけど!」
「クマのエフェクト〜!瞬、似合うんじゃん笑」
そう言いケラケラ笑う百合。
か、からかいやがって
「うそうそ笑 今度はちゃんと撮ろっ」
画面の中に楽しそうに笑ってピースしている俺と百合が居る。百合に送ってもらった写真を見て、大切に保存した。
その時、夜空に大きな光が咲いた。
「…ねえ、瞬。今年も一緒に見れてよかったよ。誘ってくれてありがとう」
「うん。来年も、また来よう」
握っている手がぎゅっと強く握り返される。
今なら、この雰囲気に乗っかって百合に気持ちを伝える事が出来るんじゃないか?
「百合」
怖いけど、一歩踏み出して。
幼なじみ以上に、もっと君に寄り添える関係になりたい。
「…好きだ。」
まるでタイミングを見計らったのように一番大きな花火が上がった。
途端にぶわっと赤くなる百合の顔。それは今まで見た事が無い顔だった。
「っ!ほ、ほんとに?夢?夢じゃないよね?」
「うん、現実」
「ちょっ、ちょっと待って。先に言われた…」
……え?
「今日、瞬に伝えようと思ってたの。私も好きだよ」
嬉しくなりすぎてか、気づいたら百合を抱き締めてた。
そして口元にそっとキスをした。
花火大会からの帰り道、俺らはもう恋人繋ぎになっていた。
「綺麗だったねっ!なんだか今までで一番綺麗だったな〜」
「俺も、そう見えた。百合のおかげだな」
ふと、百合の足が止まる。
「ねえ、さっき来年も見に行こうって行ってくれたでしょ?」
言いにくそうに言葉に詰まりながら、百合の顔に涙が滲んでくる。
「ちょっ、どうした?」
慌てて駆け寄ると、俺の胸にしがみついて泣き始めてしまった。
「……あのね、私明日引っ越すの…お母さんがちゃんとした仕事決まったって、ここよりずっと遠い場所なんだってっ」
しゃくりを上げながら泣く百合。
その瞬間、頭を地面に叩きつけられた感覚になった。
「本当は、伝えると苦しくなるから…瞬の悲しい顔も見たくなかったから何も言わずに行こうと思ってた。でもやっぱり、そんな事出来なかった…っ」
「な、なんだよそれ…そんな…百合が居なくなったら俺これからどうすれば…」
「…大丈夫。絶対にまた会えるよ、それに瞬は強い子だから、これから先も--」
一番苦しいはずなのに、「また会えるよ」なんて言って。俺が少しでも不安にならないようにと無理に笑うその姿に胸が痛む。
「じゃあ、約束しよう!大きくなってまた会えた時、私たち結婚するの。そのために私もこれから頑張るからっ」
突拍子もない提案だったけど、なんだか本当にそんな未来が見えた気がした。
「…うん。約束。俺がちゃんとプロポーズするから、絶対忘れないから。待ってて。」
そうして俺達は約束を交わした。
>橘 瞬、18歳
「…おい!!橘!また授業中に寝てたな!?」
先生の怒鳴り声が頭に響く。そうか、俺は今寝てたのか。なんだか懐かしい夢を見たな。
「昼休み、職員室な」
…そう言われ、一気に気が重くなった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、食堂へ向かう生徒が一斉に教室から居なくなった。
「お前ほんとよく寝てるよなぁ笑」
こいつは宮下 環。なんだかんだいつも一緒に居る。
「だってさ、あの先生の授業はまじで眠い」
「まあ分かるけどなー。なんつーかひたすら教科書読んでるのがな笑」
「そうそう。あ、俺そろそろ職員室行ってくるわ」
「がんばれー笑」
俺は重い腰を上げ職員室へ向かった。
「…失礼します」
「おお、橘。お前そろそろ危機感持った方がいいぞ。この前のテストもそうだったが、高校三年の夏は大事だからな。しかもお前進学だろ?」
「はい…」
高三になった俺は、特に進路も決まっておらずなんとなく大学にしていた。
その後も先生からの説教は続き、俺は特別課題を渡されてやっと解放された。
あー、あと10分で昼休み終わるなぁ。急いで戻って食べないと。
俺は少し駆け足で廊下を渡った。
ドンッ
「あっごめん、大丈夫?」
「…っ!橘先輩!!だ、大丈夫です!ぶつかっちゃってすみません!」
「ううん、俺の方こそ」
上履きの色からして二個下の学年の子かな。
ぺこっと深深とお辞儀をすると彼女は顔を真っ赤にして去っていった。
「橘先輩だー。今日もかっこいいなぁ」
「あのクールな感じが良いよねぇ」
「普通に顔も好き笑」
「ぶつかった子羨ましい〜」
俺はどうやらモテるらしく、よくこうした声を耳にする。小学生の時も中学生の時もそうだった。
どうやら自分は顔が整っている方らしい。好感を持ってくれてるのはありがたいことだ。
「おう、遅かったな」
教室に戻るとあからさまにニヤニヤとこちらを見てくる環。
「まあ、進路の事とか色々ね。」
「やれやれ、しっかりしろよ〜?大きくなったらお前の例の幼なじみの子に良いとこ見せんだろ?」
「…うん」
百合。七年前の花火大会のあの日から俺はずっと百合の事を考えている。あの時、携帯はまだガラケーだったため、新しく携帯を買っても連絡先を伝える術が無かった。だから今はほんとにメールも電話もしていない。
君は今何をしているんだろう。
会いたい。
どうしようもなく。
HRも終わって帰り支度をしていた時、俺は昼休みにぶつかった女の子に屋上に呼び出された。
今から何が起こるかは、今まで沢山経験してきたから大体分かる。
多分、俺は告白される。
「すみません、突然呼び出しちゃって」
「うん、大丈夫」
「…あの、その、私」
言葉に詰まる彼女の顔はとても真っ赤だった。
「先輩が好きです!良かったら付き合ってください!」
目の前に差し出された少し震えている手。
一生懸命、俺を想ってくれて勇気を出して告白してくれたんだな。
だけど、俺は…
「…告白してくれてありがとう。気持ちはすごく嬉しい。でもごめん」
その瞬間、彼女の顔が曇り目に涙が滲み出る。
「いえ…聞いて貰えただけでも嬉しいです。でも一つ聞いてもいいですか?」
「うん」
「今までも先輩は沢山の人を振ってきたじゃないですか、付き合えない理由とかってあるんですか…?」
「……好きな子が居るんだ。昔からずっと好きで、俺はその子じゃないと駄目なんだ…」
この時、自分がどんな顔をして言ったか分からない。
でも、顔が熱かった。
「そうなんですね。羨ましいなぁ、その子。先輩をそんな顔にさせちゃうんだもん。」
「だから、ごめん」
「分かりました!話、聞いてくれてありがとうございました!これでさっぱり吹っ切れます」
にこっと笑うと彼女は早足で出ていった。
やばいな、俺。少しでも百合の事になるとこうなってしまう。
顔の火照りが落ち着くまで、屋上から見える夕日を眺めていた。
百合side
道路は二車線や三車線が多く、高層ビルがいくつもあり、夜になるとまるでそれがイルミネーションの様に見える。
やっぱり都会は違うな〜。私はふと、駿との写真を見ながらそんな事を思った。
あの日、七年前の花火大会の日。瞬との約束を未だに私は想っていた。あの夜は泣きすぎて眠れなかったなぁ。約束だってきっともう忘れてるかもしれない。なんなら彼女とか居るかもしれない。(よくモテてたもんな笑)
…だぁーー!だめだめ!ネガティブ思考だめ!
瞬の事、信じようよ私。約束してくれたじゃん。
パシっと自分の頬を叩き気合いを入れ直して、今日も出勤する。私は今、IT企業のOLとして働いている。最近は大きな仕事を任せてもらえたりと上々なのだ。
「百合さんまたニヤニヤしてますよ?あー!この間言ってた年下の幼なじみの子ですか!?」
「そう!見てこれー!可愛くない!?」
そう言って私は仲のいい同僚にスマホ画面を見せる。それはいつかの瞬を隠し撮りしたもので、ロック画面にしていた。
「The・美少年!って感じですねっ」
「でしょ!性格も可愛いの!もう私にベッタリでさ〜」
「相変わらず惚気が凄いですね笑」
「あ、ちなみにあと三時間は余裕で語れるけど?」
「部長に怒られますよ〜」
おっと…。鬼部長に見つかってしまう前にちゃんと仕事しなければ!
そうして私は完全に仕事モードに切り替え、黙々とパソコンと向き合ったのであった…。
「百合さーん!ランチルーム行きましょ〜」
「は〜い」
外に食べに行く人が多いため、社内のランチルームは比較的人が少なくて過ごしやすい。
「で!もっと詳しく聞かせてくださいよ!その美少年の事!」
目をギラギラと輝かせて身を乗り出し聞いてくる。
「私ね、この子と将来また会えたら結婚しようって約束してるんだ」
「え!?なんですかそれ!めちゃくちゃロマンチックじゃないすか!少女漫画みたい」
「今から七年前の事なんだけど、親の都合で引っ越すことになっちゃってその時に約束したんだ〜。丁度花火大会でさー、」
「きゃー!花火大会!?聞いてるだけでこっちがドキドキしてきました…」
そう、あの引越しはそもそもお母さんが原因だった。
あの頃の私の家庭環境は最悪で、お父さんは別の女の人を作って家を出ていき、お母さんは私を養うために朝から夜まで掛け持ちで働いてくれていた。
だから私はほとんど一人ぼっちだった。そんな時、瞬と出会ってそこからは常に瞬と一緒に過ごした。いつもの場所で。それに、瞬のお家にお邪魔してご飯を頂いた事もあったし、旅行に連れてってもらった事もあった。
これから中学校に行っても高校に行っても変わらず瞬の隣に居れると思っていた。
そんな中、お母さんが突如「東京の方の知り合いにちゃんと働ける仕事を紹介してもらった」なんて言うから。
そこからはほんとトントン拍子で、瞬とお別れの日もあっという間に来ちゃって。
だから今は少しでも瞬との再会の為に今ここで頑張らなきゃ。
「百合さんと美少年が再会出来ることを祈ります!」
「ふふっありがとう。瞬って言うの」
「瞬くんかー!三つ年下って事は…今は高三ですか?」
「そうそう!進学するのか、就職するのか、どうするんだろうなぁ」
「いつか会わせてくださいね!」
瞬に会う未来を想像して、スマホ画面に映るその姿をなぞった。
今、あなたに会いたいよ。
橘side
朝、教室に入るなりクラスの女子が俺を囲んできた。
「瞬くん!好きな人が居るってほんと!?」
「どんな子なの?」
「気になる!」
「私もう泣きそう」
ああ、またか。
助けてくれと、環に視線を送るがあいつは知らんぷりしてやがる。
こういう時はなんて返すのが正解なのだろう。
女子に囲まれるのが一番苦手だ。
「うん。ずっと前から好きな子が居る」
「「「どんな子なの!?」」」
と、全員の声がハモる。
「えっと、小さい頃からの幼なじみ。今は遠くに居るんだけど」
「そ、そうなんだ!教えてくれてありがとう!」
「私じゃ勝てないかぁ泣」
「遠距離恋愛って事…!?」
まだ周りはザワついているが、流石にもう居た堪れないので交わして自分の席に着いた。
「相変わらずモテモテですな〜瞬く〜ん笑」
ニヤニヤしながらからかってくる環。さっきは助けてくれなかったくせに。
「…うるさい」
「てか俺もちょくちょくは聞いてたけどあんま詳しくは知らないから教えて欲しいな〜その子の事♡」
俺はため息をつきながら、七年前に撮った百合とのツーショットを見せた。
「え!めちゃくちゃ可愛いじゃん!やばい!」
「…もういいだろ、あんま見るな」
「別に手出したりしないから安心しろって!笑てかさ、お前って結構一途なんだな?」
「当たり前。本当に大好きになったのは百合しか居ないし、俺の初恋なんだ」
多分今、俺顔赤いだろうな。
それに気づいたのかニヤニヤと笑ってくる。
「…またその子と会えるといいな、瞬」
「うん。今すぐにでも会いたい」
「ははっ、愛深ぇ〜笑クラスの女子との差が凄いな」
そうこうしているうちに担任が来てHRが始まった。
「えー、来週から夏休みが始まるが就職希望者は履歴書の完成を、進学希望者は受験勉強はもちろんだがオープンキャンパスにも参加するように」
来週から夏休みか。ぼちぼち勉強もしないとな。
俺が第一志望にしている大学は都心の方なのだが、一人暮らしを始めるか寮生活をするか迷っていた。
都心の方にした理由は、百合の少しでも近くに行けるのではないかと思ったのと、後は興味のある分野があったから。
「そういえば環って就職だっけ?」
「おうよ!父さんの仕事を継ぐんだ。みんなこの地元から出ちまうけどな!俺はここを愛してるぜ」
環の家は鉄工所で、環は来年それを継ぐらしい。
日にちが経つのは早いもので、もう終業式の日を迎えた。
終業式はとにかく眠く、眠りに落ちる度に何度も百合の夢を見た。
その後貰った通知表には目を向けないことにした。
夏休み。
この季節はいつも七年前に百合と花火大会に行った日のことが思い出される。
思えば俺あれから花火大会とか行ってないな。
行けばあの日のあいつの涙が鮮明に思い出して苦しくなる気がしたから。
ふと、水色のいつも書いてた日記帳が視界に入った。
「七年ぶりか、」
七年ぶりに開くその日記帳は誇りを被っていて、まるで俺の心を表しているかの様だ。
最後のページも、あの日の花火大会の時に書いたままで時が止まっていた。
今までは毎日欠かさずに書いていた日記も書く気になれず今まで書いてこなかった。
ふぅ、と深呼吸してベットに寝っ転がった。
俺の中の時間は、まだあの日で止まっている。
>幼き頃の思い出
「さーん!にー!いちーー!もういいかーい?」
「もういいよー!」
「よーし!」
瞬に見つからないように、上手いこと草むらに隠れる。
「百合ちゃんどこぉー?」
ふふっ、今回は絶対見つからないぞ!
その時、近くで足音がした。
や、やばい!
「あ!百合ちゃんみーっけ!」
「くそー!なんで分かったの?!」
「あのね、髪の毛が草むらからちょんって出てたよ!可愛かった」
可愛いと言われ反射的に照れてしまう私。
「じゃあもう一回!今度は交代しよ!」
こうして夕方までいつも瞬と河川敷で遊んでいた。
「あ、もう帰る時間だね、また明日も遊ぼうね!」
「うん!約束だよ瞬!」
定刻に鳴る夕方のチャイムと同時に瞬とさよならをした。
ああ、家に帰りたくないな。
帰ったら私はまた一人ぼっちに戻る。
お母さんの辛い顔を見なければならない。
「ただいま」と、誰も居ないのにいつもちゃんと言っている。
洗濯物を入れて畳んで、昨日の残りのお母さんの洗い物をして今日も夜ご飯を作る。作りながら、テスト期間中は同時並行に勉強もしている。
常に寝不足だったが、お母さんの方が大変だし寝不足だろうと思っていつも我慢していた。
なので学校でいつも休み時間を使って寝ている。
「百合ちゃんおはよー!」
「美咲ちゃん、おはよう」
「テストヤバくない!?自身ないよー!」
「分かる!私も詰んだ〜笑」
友達と楽しそうに話してる様に見えるが、私はある事がきっかけで中学時代は周りから疎遠にされていた。
そのある事と言うのは一年前。
中学一年生の時、私は隣のクラスの男子に告白された。その時は好きな人が居ると言って断ったのだったが、それをよく思わなかった女子グループが私の悪口を言いまくり、そこから周りもだんだん距離をとるようになっていた。どうやらその男子は女子グループのリーダ格を振ったばっかりだったようで。
そんな事情があったとは当然知らなかったので、単に巻き添えをくらったのだった。
まぁ、どっちにしろ私は瞬一筋なんでね!
そんな中、唯一変わらずに接してくれていたのがこの子、東堂 美咲ちゃん。
正直めちゃくちゃ心強かった。
一一その日の帰り道、私はまたあの河川敷に寄り瞬を待っていた。
「百合ちゃーーん!」
と、またあの可愛い声が聞こえる。
来た来た!
「ごめんね、待った?」
「全然!今日は何しよっか!」
「んー!鬼ごっこしよ!」
こうして放課後に河川敷で待ち合わせて瞬と過ごす毎日。
この時間が一番幸せだったなぁ。
そうしてまた幸せの時間の終了を告げる夕方のチャイムが鳴る。
いつも通りの帰路を辿って、いつも通り誰も居ない家に「ただいま」と言う。
……だけどこの日は"いつも”ではなかった。
「おかえり」
いつもなら絶対返ってこない「おかえり」という言葉。いつもなら居ないはずの時間帯に母が居る。
本当にびっくりした。
「今日はど、どうしたの?」
「聞いて!!お母さんね、東京でお仕事見つかったの!」
ガバッと私に抱きついてきて話す母。
え、東京?
「だからね、急で申し訳ないんだけど2週間後、そっちに引っ越すわよ。お母さんも学校の手続きとか色々しなくちゃならないから、あなたもお別れの準備をしときなさい」
「急に何言ってるの…?嫌だよ、引っ越さないよ!?」
「分かってちょうだい。今よりもずっと良い暮らしを貴方にもさせられるのよ?それにお母さんも楽になれるの」
心臓がドクドクする。頭が真っ白になる。
「お母さんこそ分かってよ!確かに、安定した暮らしができるかもしれないし、お母さんも楽になるんだろうけどここには私の大切な人達が居るんだよ!?私の居場所を取らないでよ!!!」
「大切な人達?瞬くんの事?ああ、そういえば瞬くん家にも色々お世話になったから挨拶に行かないとね」
なんで…なんで分かってくれないの…。
私は家を飛び出し一目散に河川敷に向かった。すっかり暗くなって誰も居なくなったその場所で私は思い切り叫び、泣いた。
その後の事はあまりよく覚えていない。お母さんが迎えに来て、気づいたら自分のベットで寝ていた。
私はすごく悩んだ。この事実をいつ瞬に伝えようかと。いっそ何も言わないまま行った方がお互いの為なんじゃないかと考えた。しかしそんな時、瞬から花火大会に誘われ、そこで今までの自分の気持ちと一緒に伝える事にしたのだった。
「百合さーん!さっき部長が呼んでしまたよ?」
「分かった!ありがと」
部長がわざわざ呼ぶなんて、一体なんだろう?
私、何かやらかしちゃったかな…!?
「コンコン、失礼します。」
「ああ、悪いね。ちょっと君に頼みたい案件があってね」
良かった、とりあえずやらかした訳ではないようだ。
「ここって君の地元だよね?」
「はい、そうですけど」
「今ね、開発途中の我社のpiert22をこの地域に設置しようかという考えが上がっているんだ。ここは土地的にも何かと利便がいいからね」
地元の話が出てきて落ち着かずには居られなくなる。
「だからね、君にはその下調べとして行ってきてほしいんだ。下調べして欲しい場所はまた地図で送るね。」
え、?ちょっと待ってそれって…
「部長、それはつまり私が実際にその場所に行って下調べをしてくる、という事でよろしいでしょうか?」
「そうそう、急に申し訳ないね。東京からはちょっと遠いし無理にじゃなくても…」
「いえ、絶対に私に行かせてください!!!」
「そ、そうか。では早速来週の月曜日から向かってくれるかな?交通費はこちらから支給するから」
これって、夢じゃないよね?だってまた瞬に会えるって…!いやいや、まだ絶対会えるって決まった訳じゃないんだから、落ち着け私!
--一。
「百合さーん!聞きましたよ?地元に戻るんですって?」
「そう!夢みたい!仕事なんだけどね笑」
「瞬くんに会えるといいですね!仕事もしっかりしてきてくださいよ!」
お土産買ってくる!と言った私に、仕事ですよ〜?と再度釘を刺された。
そして出発当日。気合いを入れて新幹線に乗り込んだ。
向こうに着いたら真っ先に、あの場所に向かおう。
待っててね、今会いに行くよ。
>突然の再会
夏休みが始まって既に1週間経ったが、俺は大学受験の為の勉強に追われていた。
ここ最近の頑張りが出たのか、この間の模試ではB判定を貰った。この調子で次に狙うはA判定…
「流石に疲れたー…」
詰め詰めでやっていた為、何日か前から頭痛がしていた。
息抜きするか、
…
……
ダメだ、何もやる事思い浮かばない…
そうだ、久しぶりに日記を書きに出るのはどうだろう。不思議と、今なら書く気が湧いてくる。
ずっと家に篭もりっぱなしも良くないしな。
そうして俺は青色の日記帳をもっていつもの河川敷へと向かった。
久しぶりの外は夏の日差しが強く、頭がフラフラする。
河川敷へと続くこの道、懐かしいなぁ。
河川敷に着くと自転車を止め、いつも百合と居た場所に座る。七年ぶりのこの景色。
ああ、やっぱりダメだ…さっきまでは書く気が湧いていたのに今では百合との思い出が出てきてしまう。
とりあえず、今まで自分が書いてきたものを読もう。
:4月16日
日記帳を買ってもらった。おれの好きな水色だ。みっかぼうずでおわらせないようにがんばるぞ。
~~
:5月24日
今日はおれの9さいのたんじょう日。みんなにいわってもらえてしあわせです。
あ、ちなみにここまでまだまいにち、日記を書けています。
~~
:5月31日
今日は新しい友達ができました。おれより三つ年上の女の子です。ゆりちゃんっていうらしい。これから仲良くできたらいいなぁ。
~~
:6月24日
ゆりちゃんとおれだけのひみつの場所ができました。それは、あのかせんじきって場所。最近、どんどん仲良くなれてうれしいです。
~~
:5月31日
今日は百合ちゃんと出会って二年目です。あっという間に二年目迎えました。
~~
:6月23日
今日は百合ちゃんと隠れんぼしました。でも、すぐに見つけました。百合ちゃんの髪がぴょこって出ていたので分かりやすかった(可愛い)
~~
:7月26日
最近、百合ちゃんと一緒に居るとドキドキしてしまいます。もしかしたら俺は、百合ちゃんに恋をしてしまっかもしれません。
~~
:8月16日
今日は百合と花火大会。今年も一緒に行けます。
かれこれもう二年目か。俺はいつ自分の気持ちを伝えられるだろう。
百合ちゃん、引っ越すみたい。俺、もうダメだ。でも約束守るために頑張るよ。
-------------
俺の日記はそこで終わっていた。
懐かしい、これが七年前。
百合、会いたいよ。今何してるんだよ。
君の事想いすぎて胸が苦しいんだ。
神様、お願いします。何でもするから…今すぐ百合に会わせて下さい…
強く目をつぶり、心の中でお願いする。
すると一瞬、風に乗ってふわっと懐かしい匂いがした気がした。
まさか…な、
ゆっくりと目を開けると、目の前の光景は信じられないものだった。
いつの間にか本当に隣に百合が座っているのだ。
「想いすぎてついに幻覚まで見るようになったか、」
俺は幻覚だと思った。だって、ずっと会いたかった人が今目の前に居るなんて。
「幻覚とは失礼な〜!」
しかし決して幻覚ではなかった。その声は確かに百合だった。
少し大人びた姿、髪の毛も少し染めている。
でも、昔のままだ。七年前の。
「びっくりした?瞬に会いに来たんだよ」
「ごめん、ちょっと…」
俺は百合を抱き寄せて思わずキスをした。確かめる様に、何度も。
「久しぶり。七年ぶりだね」
「瞬は大きくなったね、声も低くて少しくすぐったい」
「百合ももっと綺麗になったよ。」
「照れるってば笑」
久しぶりのこのやり取り。この場所。二人だけの空間。
そして、あの約束。
きっと今だ。
「百合、あの約束覚えてる?」
「もちろん。覚えてる。ずっと瞬の事考えてきたし」
照れながら言うその姿に俺はさらに鼓動が早まる。
指輪は流石に持っていなかったのでその場に咲いていたシロツメクサで花の指輪を作った。
その場に跪き、花の指輪を差し出す。
そして、七年分の気持ちを込めて…
「俺と、結婚してください」
「もちろん!」
俺たちは、あの高架下の河川敷で七年越しに約束を果たしたのだった。
:8月3日
百合と、まさかの七年ぶりの再会。
七年前の俺、約束は無事に果たせるよ。
来年、高校を卒業したら籍入れます。
ありがとう!
何年経ってもまた君とあの場所で読めるように--。
7年前
夏の暑さがじわじわと降り注ぐ午後、俺はいつものように高架下の河川敷で日記を書いていた。
すると、どこからかパタパタと走ってくる音が聞こえる。
……来たかな。
「あーー!瞬、やっぱりここに居た!」
ふわふわの髪に、丸くて大きな瞳。華奢な体格で、黄色のワンピースを纏ったこの子は茅ヶ崎 百合。俺より三つ年上でよく一緒に遊んでいる。
俺の好きな人。
「瞬ってよく日記書いてるよね〜。いつもどんな事書いてるの?」」
「ほとんど百合との事だよ」
「え〜?ほんと?」
嬉しそうに笑っている姿に思わず胸が高鳴る。
「瞬ってさ、いつも私と居てくれるよね。でもたまに心配なんだ。私と一緒に居るせいで友達と遊べてないんじゃないかな〜って」
「俺が百合と一緒に居たくて居るだけだから。それに百合と居た方が…落ち着く」
「照れるじゃん」
照れ隠しからなのか、顔を覆いながら俺の肩を叩いてくる。
この何気ないやりとりが、二人だけの空間が好きだった。
きっとこれから先、大きくなってもずっと一緒に居ると思ってた。
なんの疑いもなく。
あの日までは--。
>花火大会
夏休みに入って2週間が経った8月半ば。ここんところほとんど百合と遊んでいて、宿題には手をつけていない。
ふとカレンダーの日付を見た。
「…あ、明後日花火大会じゃん」
町内で行われる花火大会。規模も結構大きく、毎年この花火大会には必ず百合を誘って見に行っていた。
今年も誘おう。
そうして俺は百合にメールを送った。
太陽もすっかり沈み、だいぶ涼しくなった夏の夜。気づけば周りは花火を心待ちにしている人で増えている。
時間よりも早く待ち合わせ場所についた俺は、日記帳を取り出し日記を書く事にした。
:8月16日
今日は百合と花火大会。今年も一緒に行けます。
かれこれもう4年目か、俺はいつ自分の気持ちを伝えられるだろう。
-------
夢中になって書いていると「お待たせ」と、そこに浴衣を着た百合が立って居た。
「ど、どうかな」
少し頬を赤くして聞いてくる百合に
「すごく可愛いよ」
と、同じく顔を赤くして答えた。
それからしばらく俺は見惚れていた。
--まもなく、打ち上げが開始されます。
打ち上げを告げるアナウンスにハッと我に返る。
「もうすぐ始まるね。いつもの場所、行こう」
そう言い、俺の手を取り歩きだす。
当たり前の様に繋がれた右手。今までもずっと繋いできたはずなのに、最近はなんだか変に意識してしまう。
「やっぱりここからが一番見えるんだよね〜」
そこはいつも遊んでいる河川敷。実は花火もよく見えて、なかなかの穴場スポットである。
なんと言ってもここは"二人の場所”
「あ、俺ブルーシート持ってきた」
「ありがと」
並んで腰掛ける。打ち上げ五分前。
「写真!2人で写真撮ろっ!」
「…ちょ、なんかクマになってるんだけど!」
「クマのエフェクト〜!瞬、似合うんじゃん笑」
そう言いケラケラ笑う百合。
か、からかいやがって
「うそうそ笑 今度はちゃんと撮ろっ」
画面の中に楽しそうに笑ってピースしている俺と百合が居る。百合に送ってもらった写真を見て、大切に保存した。
その時、夜空に大きな光が咲いた。
「…ねえ、瞬。今年も一緒に見れてよかったよ。誘ってくれてありがとう」
「うん。来年も、また来よう」
握っている手がぎゅっと強く握り返される。
今なら、この雰囲気に乗っかって百合に気持ちを伝える事が出来るんじゃないか?
「百合」
怖いけど、一歩踏み出して。
幼なじみ以上に、もっと君に寄り添える関係になりたい。
「…好きだ。」
まるでタイミングを見計らったのように一番大きな花火が上がった。
途端にぶわっと赤くなる百合の顔。それは今まで見た事が無い顔だった。
「っ!ほ、ほんとに?夢?夢じゃないよね?」
「うん、現実」
「ちょっ、ちょっと待って。先に言われた…」
……え?
「今日、瞬に伝えようと思ってたの。私も好きだよ」
嬉しくなりすぎてか、気づいたら百合を抱き締めてた。
そして口元にそっとキスをした。
花火大会からの帰り道、俺らはもう恋人繋ぎになっていた。
「綺麗だったねっ!なんだか今までで一番綺麗だったな〜」
「俺も、そう見えた。百合のおかげだな」
ふと、百合の足が止まる。
「ねえ、さっき来年も見に行こうって行ってくれたでしょ?」
言いにくそうに言葉に詰まりながら、百合の顔に涙が滲んでくる。
「ちょっ、どうした?」
慌てて駆け寄ると、俺の胸にしがみついて泣き始めてしまった。
「……あのね、私明日引っ越すの…お母さんがちゃんとした仕事決まったって、ここよりずっと遠い場所なんだってっ」
しゃくりを上げながら泣く百合。
その瞬間、頭を地面に叩きつけられた感覚になった。
「本当は、伝えると苦しくなるから…瞬の悲しい顔も見たくなかったから何も言わずに行こうと思ってた。でもやっぱり、そんな事出来なかった…っ」
「な、なんだよそれ…そんな…百合が居なくなったら俺これからどうすれば…」
「…大丈夫。絶対にまた会えるよ、それに瞬は強い子だから、これから先も--」
一番苦しいはずなのに、「また会えるよ」なんて言って。俺が少しでも不安にならないようにと無理に笑うその姿に胸が痛む。
「じゃあ、約束しよう!大きくなってまた会えた時、私たち結婚するの。そのために私もこれから頑張るからっ」
突拍子もない提案だったけど、なんだか本当にそんな未来が見えた気がした。
「…うん。約束。俺がちゃんとプロポーズするから、絶対忘れないから。待ってて。」
そうして俺達は約束を交わした。
>橘 瞬、18歳
「…おい!!橘!また授業中に寝てたな!?」
先生の怒鳴り声が頭に響く。そうか、俺は今寝てたのか。なんだか懐かしい夢を見たな。
「昼休み、職員室な」
…そう言われ、一気に気が重くなった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、食堂へ向かう生徒が一斉に教室から居なくなった。
「お前ほんとよく寝てるよなぁ笑」
こいつは宮下 環。なんだかんだいつも一緒に居る。
「だってさ、あの先生の授業はまじで眠い」
「まあ分かるけどなー。なんつーかひたすら教科書読んでるのがな笑」
「そうそう。あ、俺そろそろ職員室行ってくるわ」
「がんばれー笑」
俺は重い腰を上げ職員室へ向かった。
「…失礼します」
「おお、橘。お前そろそろ危機感持った方がいいぞ。この前のテストもそうだったが、高校三年の夏は大事だからな。しかもお前進学だろ?」
「はい…」
高三になった俺は、特に進路も決まっておらずなんとなく大学にしていた。
その後も先生からの説教は続き、俺は特別課題を渡されてやっと解放された。
あー、あと10分で昼休み終わるなぁ。急いで戻って食べないと。
俺は少し駆け足で廊下を渡った。
ドンッ
「あっごめん、大丈夫?」
「…っ!橘先輩!!だ、大丈夫です!ぶつかっちゃってすみません!」
「ううん、俺の方こそ」
上履きの色からして二個下の学年の子かな。
ぺこっと深深とお辞儀をすると彼女は顔を真っ赤にして去っていった。
「橘先輩だー。今日もかっこいいなぁ」
「あのクールな感じが良いよねぇ」
「普通に顔も好き笑」
「ぶつかった子羨ましい〜」
俺はどうやらモテるらしく、よくこうした声を耳にする。小学生の時も中学生の時もそうだった。
どうやら自分は顔が整っている方らしい。好感を持ってくれてるのはありがたいことだ。
「おう、遅かったな」
教室に戻るとあからさまにニヤニヤとこちらを見てくる環。
「まあ、進路の事とか色々ね。」
「やれやれ、しっかりしろよ〜?大きくなったらお前の例の幼なじみの子に良いとこ見せんだろ?」
「…うん」
百合。七年前の花火大会のあの日から俺はずっと百合の事を考えている。あの時、携帯はまだガラケーだったため、新しく携帯を買っても連絡先を伝える術が無かった。だから今はほんとにメールも電話もしていない。
君は今何をしているんだろう。
会いたい。
どうしようもなく。
HRも終わって帰り支度をしていた時、俺は昼休みにぶつかった女の子に屋上に呼び出された。
今から何が起こるかは、今まで沢山経験してきたから大体分かる。
多分、俺は告白される。
「すみません、突然呼び出しちゃって」
「うん、大丈夫」
「…あの、その、私」
言葉に詰まる彼女の顔はとても真っ赤だった。
「先輩が好きです!良かったら付き合ってください!」
目の前に差し出された少し震えている手。
一生懸命、俺を想ってくれて勇気を出して告白してくれたんだな。
だけど、俺は…
「…告白してくれてありがとう。気持ちはすごく嬉しい。でもごめん」
その瞬間、彼女の顔が曇り目に涙が滲み出る。
「いえ…聞いて貰えただけでも嬉しいです。でも一つ聞いてもいいですか?」
「うん」
「今までも先輩は沢山の人を振ってきたじゃないですか、付き合えない理由とかってあるんですか…?」
「……好きな子が居るんだ。昔からずっと好きで、俺はその子じゃないと駄目なんだ…」
この時、自分がどんな顔をして言ったか分からない。
でも、顔が熱かった。
「そうなんですね。羨ましいなぁ、その子。先輩をそんな顔にさせちゃうんだもん。」
「だから、ごめん」
「分かりました!話、聞いてくれてありがとうございました!これでさっぱり吹っ切れます」
にこっと笑うと彼女は早足で出ていった。
やばいな、俺。少しでも百合の事になるとこうなってしまう。
顔の火照りが落ち着くまで、屋上から見える夕日を眺めていた。
百合side
道路は二車線や三車線が多く、高層ビルがいくつもあり、夜になるとまるでそれがイルミネーションの様に見える。
やっぱり都会は違うな〜。私はふと、駿との写真を見ながらそんな事を思った。
あの日、七年前の花火大会の日。瞬との約束を未だに私は想っていた。あの夜は泣きすぎて眠れなかったなぁ。約束だってきっともう忘れてるかもしれない。なんなら彼女とか居るかもしれない。(よくモテてたもんな笑)
…だぁーー!だめだめ!ネガティブ思考だめ!
瞬の事、信じようよ私。約束してくれたじゃん。
パシっと自分の頬を叩き気合いを入れ直して、今日も出勤する。私は今、IT企業のOLとして働いている。最近は大きな仕事を任せてもらえたりと上々なのだ。
「百合さんまたニヤニヤしてますよ?あー!この間言ってた年下の幼なじみの子ですか!?」
「そう!見てこれー!可愛くない!?」
そう言って私は仲のいい同僚にスマホ画面を見せる。それはいつかの瞬を隠し撮りしたもので、ロック画面にしていた。
「The・美少年!って感じですねっ」
「でしょ!性格も可愛いの!もう私にベッタリでさ〜」
「相変わらず惚気が凄いですね笑」
「あ、ちなみにあと三時間は余裕で語れるけど?」
「部長に怒られますよ〜」
おっと…。鬼部長に見つかってしまう前にちゃんと仕事しなければ!
そうして私は完全に仕事モードに切り替え、黙々とパソコンと向き合ったのであった…。
「百合さーん!ランチルーム行きましょ〜」
「は〜い」
外に食べに行く人が多いため、社内のランチルームは比較的人が少なくて過ごしやすい。
「で!もっと詳しく聞かせてくださいよ!その美少年の事!」
目をギラギラと輝かせて身を乗り出し聞いてくる。
「私ね、この子と将来また会えたら結婚しようって約束してるんだ」
「え!?なんですかそれ!めちゃくちゃロマンチックじゃないすか!少女漫画みたい」
「今から七年前の事なんだけど、親の都合で引っ越すことになっちゃってその時に約束したんだ〜。丁度花火大会でさー、」
「きゃー!花火大会!?聞いてるだけでこっちがドキドキしてきました…」
そう、あの引越しはそもそもお母さんが原因だった。
あの頃の私の家庭環境は最悪で、お父さんは別の女の人を作って家を出ていき、お母さんは私を養うために朝から夜まで掛け持ちで働いてくれていた。
だから私はほとんど一人ぼっちだった。そんな時、瞬と出会ってそこからは常に瞬と一緒に過ごした。いつもの場所で。それに、瞬のお家にお邪魔してご飯を頂いた事もあったし、旅行に連れてってもらった事もあった。
これから中学校に行っても高校に行っても変わらず瞬の隣に居れると思っていた。
そんな中、お母さんが突如「東京の方の知り合いにちゃんと働ける仕事を紹介してもらった」なんて言うから。
そこからはほんとトントン拍子で、瞬とお別れの日もあっという間に来ちゃって。
だから今は少しでも瞬との再会の為に今ここで頑張らなきゃ。
「百合さんと美少年が再会出来ることを祈ります!」
「ふふっありがとう。瞬って言うの」
「瞬くんかー!三つ年下って事は…今は高三ですか?」
「そうそう!進学するのか、就職するのか、どうするんだろうなぁ」
「いつか会わせてくださいね!」
瞬に会う未来を想像して、スマホ画面に映るその姿をなぞった。
今、あなたに会いたいよ。
橘side
朝、教室に入るなりクラスの女子が俺を囲んできた。
「瞬くん!好きな人が居るってほんと!?」
「どんな子なの?」
「気になる!」
「私もう泣きそう」
ああ、またか。
助けてくれと、環に視線を送るがあいつは知らんぷりしてやがる。
こういう時はなんて返すのが正解なのだろう。
女子に囲まれるのが一番苦手だ。
「うん。ずっと前から好きな子が居る」
「「「どんな子なの!?」」」
と、全員の声がハモる。
「えっと、小さい頃からの幼なじみ。今は遠くに居るんだけど」
「そ、そうなんだ!教えてくれてありがとう!」
「私じゃ勝てないかぁ泣」
「遠距離恋愛って事…!?」
まだ周りはザワついているが、流石にもう居た堪れないので交わして自分の席に着いた。
「相変わらずモテモテですな〜瞬く〜ん笑」
ニヤニヤしながらからかってくる環。さっきは助けてくれなかったくせに。
「…うるさい」
「てか俺もちょくちょくは聞いてたけどあんま詳しくは知らないから教えて欲しいな〜その子の事♡」
俺はため息をつきながら、七年前に撮った百合とのツーショットを見せた。
「え!めちゃくちゃ可愛いじゃん!やばい!」
「…もういいだろ、あんま見るな」
「別に手出したりしないから安心しろって!笑てかさ、お前って結構一途なんだな?」
「当たり前。本当に大好きになったのは百合しか居ないし、俺の初恋なんだ」
多分今、俺顔赤いだろうな。
それに気づいたのかニヤニヤと笑ってくる。
「…またその子と会えるといいな、瞬」
「うん。今すぐにでも会いたい」
「ははっ、愛深ぇ〜笑クラスの女子との差が凄いな」
そうこうしているうちに担任が来てHRが始まった。
「えー、来週から夏休みが始まるが就職希望者は履歴書の完成を、進学希望者は受験勉強はもちろんだがオープンキャンパスにも参加するように」
来週から夏休みか。ぼちぼち勉強もしないとな。
俺が第一志望にしている大学は都心の方なのだが、一人暮らしを始めるか寮生活をするか迷っていた。
都心の方にした理由は、百合の少しでも近くに行けるのではないかと思ったのと、後は興味のある分野があったから。
「そういえば環って就職だっけ?」
「おうよ!父さんの仕事を継ぐんだ。みんなこの地元から出ちまうけどな!俺はここを愛してるぜ」
環の家は鉄工所で、環は来年それを継ぐらしい。
日にちが経つのは早いもので、もう終業式の日を迎えた。
終業式はとにかく眠く、眠りに落ちる度に何度も百合の夢を見た。
その後貰った通知表には目を向けないことにした。
夏休み。
この季節はいつも七年前に百合と花火大会に行った日のことが思い出される。
思えば俺あれから花火大会とか行ってないな。
行けばあの日のあいつの涙が鮮明に思い出して苦しくなる気がしたから。
ふと、水色のいつも書いてた日記帳が視界に入った。
「七年ぶりか、」
七年ぶりに開くその日記帳は誇りを被っていて、まるで俺の心を表しているかの様だ。
最後のページも、あの日の花火大会の時に書いたままで時が止まっていた。
今までは毎日欠かさずに書いていた日記も書く気になれず今まで書いてこなかった。
ふぅ、と深呼吸してベットに寝っ転がった。
俺の中の時間は、まだあの日で止まっている。
>幼き頃の思い出
「さーん!にー!いちーー!もういいかーい?」
「もういいよー!」
「よーし!」
瞬に見つからないように、上手いこと草むらに隠れる。
「百合ちゃんどこぉー?」
ふふっ、今回は絶対見つからないぞ!
その時、近くで足音がした。
や、やばい!
「あ!百合ちゃんみーっけ!」
「くそー!なんで分かったの?!」
「あのね、髪の毛が草むらからちょんって出てたよ!可愛かった」
可愛いと言われ反射的に照れてしまう私。
「じゃあもう一回!今度は交代しよ!」
こうして夕方までいつも瞬と河川敷で遊んでいた。
「あ、もう帰る時間だね、また明日も遊ぼうね!」
「うん!約束だよ瞬!」
定刻に鳴る夕方のチャイムと同時に瞬とさよならをした。
ああ、家に帰りたくないな。
帰ったら私はまた一人ぼっちに戻る。
お母さんの辛い顔を見なければならない。
「ただいま」と、誰も居ないのにいつもちゃんと言っている。
洗濯物を入れて畳んで、昨日の残りのお母さんの洗い物をして今日も夜ご飯を作る。作りながら、テスト期間中は同時並行に勉強もしている。
常に寝不足だったが、お母さんの方が大変だし寝不足だろうと思っていつも我慢していた。
なので学校でいつも休み時間を使って寝ている。
「百合ちゃんおはよー!」
「美咲ちゃん、おはよう」
「テストヤバくない!?自身ないよー!」
「分かる!私も詰んだ〜笑」
友達と楽しそうに話してる様に見えるが、私はある事がきっかけで中学時代は周りから疎遠にされていた。
そのある事と言うのは一年前。
中学一年生の時、私は隣のクラスの男子に告白された。その時は好きな人が居ると言って断ったのだったが、それをよく思わなかった女子グループが私の悪口を言いまくり、そこから周りもだんだん距離をとるようになっていた。どうやらその男子は女子グループのリーダ格を振ったばっかりだったようで。
そんな事情があったとは当然知らなかったので、単に巻き添えをくらったのだった。
まぁ、どっちにしろ私は瞬一筋なんでね!
そんな中、唯一変わらずに接してくれていたのがこの子、東堂 美咲ちゃん。
正直めちゃくちゃ心強かった。
一一その日の帰り道、私はまたあの河川敷に寄り瞬を待っていた。
「百合ちゃーーん!」
と、またあの可愛い声が聞こえる。
来た来た!
「ごめんね、待った?」
「全然!今日は何しよっか!」
「んー!鬼ごっこしよ!」
こうして放課後に河川敷で待ち合わせて瞬と過ごす毎日。
この時間が一番幸せだったなぁ。
そうしてまた幸せの時間の終了を告げる夕方のチャイムが鳴る。
いつも通りの帰路を辿って、いつも通り誰も居ない家に「ただいま」と言う。
……だけどこの日は"いつも”ではなかった。
「おかえり」
いつもなら絶対返ってこない「おかえり」という言葉。いつもなら居ないはずの時間帯に母が居る。
本当にびっくりした。
「今日はど、どうしたの?」
「聞いて!!お母さんね、東京でお仕事見つかったの!」
ガバッと私に抱きついてきて話す母。
え、東京?
「だからね、急で申し訳ないんだけど2週間後、そっちに引っ越すわよ。お母さんも学校の手続きとか色々しなくちゃならないから、あなたもお別れの準備をしときなさい」
「急に何言ってるの…?嫌だよ、引っ越さないよ!?」
「分かってちょうだい。今よりもずっと良い暮らしを貴方にもさせられるのよ?それにお母さんも楽になれるの」
心臓がドクドクする。頭が真っ白になる。
「お母さんこそ分かってよ!確かに、安定した暮らしができるかもしれないし、お母さんも楽になるんだろうけどここには私の大切な人達が居るんだよ!?私の居場所を取らないでよ!!!」
「大切な人達?瞬くんの事?ああ、そういえば瞬くん家にも色々お世話になったから挨拶に行かないとね」
なんで…なんで分かってくれないの…。
私は家を飛び出し一目散に河川敷に向かった。すっかり暗くなって誰も居なくなったその場所で私は思い切り叫び、泣いた。
その後の事はあまりよく覚えていない。お母さんが迎えに来て、気づいたら自分のベットで寝ていた。
私はすごく悩んだ。この事実をいつ瞬に伝えようかと。いっそ何も言わないまま行った方がお互いの為なんじゃないかと考えた。しかしそんな時、瞬から花火大会に誘われ、そこで今までの自分の気持ちと一緒に伝える事にしたのだった。
「百合さーん!さっき部長が呼んでしまたよ?」
「分かった!ありがと」
部長がわざわざ呼ぶなんて、一体なんだろう?
私、何かやらかしちゃったかな…!?
「コンコン、失礼します。」
「ああ、悪いね。ちょっと君に頼みたい案件があってね」
良かった、とりあえずやらかした訳ではないようだ。
「ここって君の地元だよね?」
「はい、そうですけど」
「今ね、開発途中の我社のpiert22をこの地域に設置しようかという考えが上がっているんだ。ここは土地的にも何かと利便がいいからね」
地元の話が出てきて落ち着かずには居られなくなる。
「だからね、君にはその下調べとして行ってきてほしいんだ。下調べして欲しい場所はまた地図で送るね。」
え、?ちょっと待ってそれって…
「部長、それはつまり私が実際にその場所に行って下調べをしてくる、という事でよろしいでしょうか?」
「そうそう、急に申し訳ないね。東京からはちょっと遠いし無理にじゃなくても…」
「いえ、絶対に私に行かせてください!!!」
「そ、そうか。では早速来週の月曜日から向かってくれるかな?交通費はこちらから支給するから」
これって、夢じゃないよね?だってまた瞬に会えるって…!いやいや、まだ絶対会えるって決まった訳じゃないんだから、落ち着け私!
--一。
「百合さーん!聞きましたよ?地元に戻るんですって?」
「そう!夢みたい!仕事なんだけどね笑」
「瞬くんに会えるといいですね!仕事もしっかりしてきてくださいよ!」
お土産買ってくる!と言った私に、仕事ですよ〜?と再度釘を刺された。
そして出発当日。気合いを入れて新幹線に乗り込んだ。
向こうに着いたら真っ先に、あの場所に向かおう。
待っててね、今会いに行くよ。
>突然の再会
夏休みが始まって既に1週間経ったが、俺は大学受験の為の勉強に追われていた。
ここ最近の頑張りが出たのか、この間の模試ではB判定を貰った。この調子で次に狙うはA判定…
「流石に疲れたー…」
詰め詰めでやっていた為、何日か前から頭痛がしていた。
息抜きするか、
…
……
ダメだ、何もやる事思い浮かばない…
そうだ、久しぶりに日記を書きに出るのはどうだろう。不思議と、今なら書く気が湧いてくる。
ずっと家に篭もりっぱなしも良くないしな。
そうして俺は青色の日記帳をもっていつもの河川敷へと向かった。
久しぶりの外は夏の日差しが強く、頭がフラフラする。
河川敷へと続くこの道、懐かしいなぁ。
河川敷に着くと自転車を止め、いつも百合と居た場所に座る。七年ぶりのこの景色。
ああ、やっぱりダメだ…さっきまでは書く気が湧いていたのに今では百合との思い出が出てきてしまう。
とりあえず、今まで自分が書いてきたものを読もう。
:4月16日
日記帳を買ってもらった。おれの好きな水色だ。みっかぼうずでおわらせないようにがんばるぞ。
~~
:5月24日
今日はおれの9さいのたんじょう日。みんなにいわってもらえてしあわせです。
あ、ちなみにここまでまだまいにち、日記を書けています。
~~
:5月31日
今日は新しい友達ができました。おれより三つ年上の女の子です。ゆりちゃんっていうらしい。これから仲良くできたらいいなぁ。
~~
:6月24日
ゆりちゃんとおれだけのひみつの場所ができました。それは、あのかせんじきって場所。最近、どんどん仲良くなれてうれしいです。
~~
:5月31日
今日は百合ちゃんと出会って二年目です。あっという間に二年目迎えました。
~~
:6月23日
今日は百合ちゃんと隠れんぼしました。でも、すぐに見つけました。百合ちゃんの髪がぴょこって出ていたので分かりやすかった(可愛い)
~~
:7月26日
最近、百合ちゃんと一緒に居るとドキドキしてしまいます。もしかしたら俺は、百合ちゃんに恋をしてしまっかもしれません。
~~
:8月16日
今日は百合と花火大会。今年も一緒に行けます。
かれこれもう二年目か。俺はいつ自分の気持ちを伝えられるだろう。
百合ちゃん、引っ越すみたい。俺、もうダメだ。でも約束守るために頑張るよ。
-------------
俺の日記はそこで終わっていた。
懐かしい、これが七年前。
百合、会いたいよ。今何してるんだよ。
君の事想いすぎて胸が苦しいんだ。
神様、お願いします。何でもするから…今すぐ百合に会わせて下さい…
強く目をつぶり、心の中でお願いする。
すると一瞬、風に乗ってふわっと懐かしい匂いがした気がした。
まさか…な、
ゆっくりと目を開けると、目の前の光景は信じられないものだった。
いつの間にか本当に隣に百合が座っているのだ。
「想いすぎてついに幻覚まで見るようになったか、」
俺は幻覚だと思った。だって、ずっと会いたかった人が今目の前に居るなんて。
「幻覚とは失礼な〜!」
しかし決して幻覚ではなかった。その声は確かに百合だった。
少し大人びた姿、髪の毛も少し染めている。
でも、昔のままだ。七年前の。
「びっくりした?瞬に会いに来たんだよ」
「ごめん、ちょっと…」
俺は百合を抱き寄せて思わずキスをした。確かめる様に、何度も。
「久しぶり。七年ぶりだね」
「瞬は大きくなったね、声も低くて少しくすぐったい」
「百合ももっと綺麗になったよ。」
「照れるってば笑」
久しぶりのこのやり取り。この場所。二人だけの空間。
そして、あの約束。
きっと今だ。
「百合、あの約束覚えてる?」
「もちろん。覚えてる。ずっと瞬の事考えてきたし」
照れながら言うその姿に俺はさらに鼓動が早まる。
指輪は流石に持っていなかったのでその場に咲いていたシロツメクサで花の指輪を作った。
その場に跪き、花の指輪を差し出す。
そして、七年分の気持ちを込めて…
「俺と、結婚してください」
「もちろん!」
俺たちは、あの高架下の河川敷で七年越しに約束を果たしたのだった。
:8月3日
百合と、まさかの七年ぶりの再会。
七年前の俺、約束は無事に果たせるよ。
来年、高校を卒業したら籍入れます。
ありがとう!